長編小説 飛龍幻想 26 | 雷神トールのブログ

雷神トールのブログ

トリウム発電について考える

 その日、渉は畑に借りた本を持って家に帰った。翌日、遅い朝食をとりながら朝刊を開くと、P大学の本部を学生が封鎖したという記事が載っていた。
「学費値上げ問題などをめぐるP大学の紛争は、十日午後、大学当局と学生側の話し合いが物別れに終わり、ついにスト派学生は大学本部を占拠、同夜はフトンなどを持ち込んで籠城した。さる一月二十日の全学スト突入以来最悪の事態を迎えた。これで話し合いによる解決はまず絶望視されるに至った」

 渉が大学の本部前に行って見ると、封鎖された建物の前に、三百人ほどの学生が座り込み、それを遠巻きに取り囲んで千人ほどの学生が共闘会議議長の演説を聞いていた。議長は白い紙切れを左手にかざし、それをときおり見上げながら、演説を続けた。
「ただ今、本部内において、発見された、貸借対照表を調べた結果、P大学の経理内容は完全に黒字である、ということが明らかになりました」
 わあっという喚声と拍手が起き、取り囲む千人を超える学生が緊張した面持ちで見守るなかを、議長は、
「大学当局が言い続けてきた、赤字経営は真っ赤なウソであり、大学は新学部建設予定地を所有しているほか、公表していない、時価二十億円にものぼる、不動産を所有していることが判明しました」
 続けて議長は、数字を挙げながら簿記用語を交え説明をしていたが、渉は議長の言うことが真実か否かを確かめるためにもその貸借対照表を手に取って見たい誘惑を覚えながら、そんなことをしても真実か否かはわからないだろう、それより本部封鎖の意味につき判断の根拠をどこに求めたら良いのか探るべきだろうと考えた。
 その時、黒字に赤でMALと染め抜いた旗を掲げた、五六人の男たちがばらばらと渉の周りに現れ垣を作っている学生の肩越しに集会の中を覗きはじめた。渉は彼らの中に同級の片山の姿を認めた。片山も渉に気が付いて、近づいてくると、
「こんどMALって組織作ったから、キミも来いよ。いつも社研の部室を借りて集まることになってる。文学やる連中の集まりだぜ」と誘いをかけた。
「MALってのは? 悪の意味かよ?」
「文学的前衛の闘士たち。ミリタン・アヴァンギャルド・リテレールの略さ」
 MALの旗を掲げ持った男は色の白い細面の凸型の顔の鼻が目立つ小柄な男で、その脇に背が高く、痩せて肩幅の広い長髪を梳き分けた男。豊かな濃い目の髪を伝統的な七三に分け、厚ぼったい唇を生真面目に結んだ中背の男。ひとり離れて、やはり色白小柄で黒く柔らかそうな髪をオールバックにかき上げ、強いイマジネーションのはらみを思わせる白い秀でた額を持つ男。渉は彼らが一様にダンデイーで垢抜けして見え、彼らと行動を共にするなら、日向や小宮たちとのように冒険主義的な危険を冒すことはないだろうと安心を覚えた。片山に、彼らの到着前に暴露のあった大学の経理内容と不動産を持っていると説明している間に、共闘会議の学生たちはシュプレヒコールで気勢を挙げ、帰り始めた傍観者学生をよそに、デモ行進に移り始めた。本部前の広場を一時渦巻デモを繰り返した後、三百人近い学生が、旗をたたみなどしながら本部入り口に積み上げられた机と椅子の間にわずかに設けられた隙間から本部内に消えてゆき、最後に鉄の扉が閉められた。残った十人ばかりの学生が扉の前に、念入りに机と椅子を積み上げた。渉はMALの一行とその作業を見守っていたが、残った学生の一人に日向がいることに気づいた。作業が終わると日向は、玄関わきの窓を開け、窓枠に手を掛け、懸垂の要領で身体を跳ね上げ、大きな背中をかがめて建物の中へ消えて行った。

 本部前を去って、文学部へ行き、スロープの方へ行く道を、MALに連れ立って歩いていると、向うから渉のクラスの担任助教授が二人の同僚と連れ立って歩いて来た。助教授は、渋い茶の背広を着て神経質な顔付きをして一向が持つMALの旗と片山と渉を認めたようだったが、すぐに厳しい表情になり、俯きがちに歩いて来た。すれ違いざまに渉は、反射的にぺこりと頭を下げ会釈をした。助教授は、ふんと顔をそむけ渉の挨拶を見ぬふりをした。

 (つづく)


ペタしてね読者登録してね