四年生の卒業試験を実施するため大学は、学外に校舎を借りた。学外といっても実際は付属高校の校舎だったけれども、そこを試験会場にして試験を実施すると発表した。
スト派の学生たちは四年生に試験ボイコットを呼びかけ、会場前にピケを張って試験に応じる学生を阻止しようと呼びかけた。
渉はその朝、試験会場の近くまで行って見た。試験会場は緩い坂の下にあり、坂の上から、会場までの道路が、学生たちが着る黒やグレーのコートと黑い頭で埋め尽くされ黒ずんで見えた。
初めて渉は、実際に、これだけ大勢の学生が集まったのを目にしたのだった。結局、大学はその日の試験を中止しますと発表した。多大な数の学生がピケに集まり阻止したのだった。夕刊に小さく載った記事によると、この日、試験阻止に会場に詰めかけた学生の数は、2千人に上った。
試験阻止の記事と並んで、その日の新聞の夕刊には、大学の存続を危惧する有志学生が総長宅を訪れ、「このままでは僕らの大学は存続すら危うくなります。なんとかしてください」と懇願した様子が写真入りで載っていた。褞袍(どてら)姿の総長は、「そうだな」と頷き、なんとか打開策を講じようと約束したという。
全学生を一堂に集め、総長と直接の団交が行われたのは、それから数日後のことだった。渉は朝寝坊したため、会場の体育館に着いた時は、入り口付近が椅子席に座れず立ったままの学生の壁で塞がれていた。渉は、学生たちの肩や腕を押し分け隙間から中へ潜り込んだ。普通に立ったままでは前方の舞台が見えず、つま先立ちをしなければならなかった。中には、舞台の進行状況が見えなくては参加の意味が半減すると感じたのか、かまぼこ型の屋根と壁との支えの腕木によじ登り猿のように掴まって見物する学生もいた。
舞台では全共闘の議長と大学総長とが交互に演説を行っていた。全共闘の議長は若々しくエネルギーに満ちた、弾むような勢いで言葉を吐き続けた。マスプロ大学、企業が要請する使いやすいサラリーマンを大量生産する工場、産学共同路線、大企業の寄付によって建てられた学生会館、適度に創造的で過度に批判的な文化活動を許さない大学に握られた管理運営。そういった言葉が次々に議長の口から躍り出たが、渉は田辺の口から聞いていたことなので新鮮味を感じなかった。むしろ、そういう路線が客観的にあるとしても路線に乗らずに自身の主体的な学生生活を送ることは一人ひとりの学生には可能だろうと思い、議長による大学の戯画化に滑稽さを感じたほどだった。
代わって答弁に立った総長は、話し方に柔軟性を欠き、硬直した旧世代のドイツ観念論的な理念と姿勢があからさまで、会場の前方で聴いていた学生たちが直ちに反応し、床を足で踏み鳴らし憤懣を表明した。
「大学は運命共同体です」
ドドドドオ~ッ!
「大学は諸君の全員が反対しようとも方針は変えない」
ドドドド~ッ!
総長団交は全共闘と大学の意志が全く噛み合わず平行線のまま終わった。体育館の人いきれから渉が抜け出て、外の空気を吸い込みほっとした時だった。
「本部封鎖だ。本部封鎖をするぞ~!」
数人の学生が叫びながら渉の脇を駆け抜け、本部のあるキャンパスの方向へ走って行った。

