「英霊」という言葉について | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

日本の神社というものをめのおは小さい時からあまり好きになれなかった。10歳の頃までは正月元旦に早起きして明治神宮にお参りしていた。まだ薄暗いうちに大勢の参拝客が玉砂利を踏むさくさくという足音。肌寒さの中に感じる清々しい新年の気分。

そ ういう感覚的な記憶を除いて、神社や神棚に敬虔な気持ちを抱けなかった。中学の同級生が日清・日露の戦争画を見せてくれた後、彼の家に誘われ遊びに行くと 部屋の上の方に檜の神棚が祀ってあった。戦争画と神棚があまりに近接的に現れたので、嫌悪感というと大げさになるが、決して良い思いは抱かなかった。なん といっても、その頃住んでた家は東京の新宿にありながら、焼けぼっくいと焼け跡で父親が拾ったトタン板に黒いコールタールを塗った掘立小屋で、そんな家に 住まねばならないのは戦争があったからだと少年にも分かっていたからだった。

めのおは古事記はよいとして日本書紀は嫌い。神話そのものは民俗学的に面白いが、時の権力者の正統性の証として作り上げた神話がきらいなのだ。だいいち神社は
縁日で親しい子 供の遊び場としてあり、舞台の御神楽や狛犬や祭りの御神輿などに親しみを抱きはするが、子供のころから神社が日本独自のものと考えてはいなかった。

「高麗 犬」というからには朝鮮半島から渡来したものだろうと薄々感じていたし、後年、神輿を担ぐ時の「わっしょい、わっしょい!」という威勢の良い掛け声が、朝 鮮語の「わっそ!わっそ!」に由来するものと知って、なおさら神社やお寺のルーツは半島にあると確信したのだった。

「祖霊まします、この~山河。 敵に踏ませてなる~ものか♪」

米山愛紫作詞の「武田節」は好きだ。甲斐の民謡かと思っていたが出来たのは1961年と割と新しいのだね。

ここには郷土愛というものが詠われており、日本人は特に先祖の土地、墓に亡くなった人々の魂が宿っている。そこに祈れば先祖の霊と交流できると信じている。

めのおは祭りとか神社など「祀りごと」に始まる政治は、人間が生きている間のものであり、死んだあとの魂まで、政治家に利用されたくないと思っている。

人間は肉体を持って現世で生きてる間は、家や土地や物、さらに国という大きな仕組みに縛られているが、死んで肉体が亡びた後は「魂」は自由を得て肉体から解放され宇宙の生命の根源へ帰ってゆく、とめのおは信じている。だから死んだあとまで、個人の名声や家系や国やに縛られたくはない。墓などと言った狭苦しい物質の代表のような石で囲まれた場所へ閉じ込められるなどまっぴらごめんと考えている。

個人が死んだあと税金など払わなくて済むように、死んだ後の魂は国籍なんかと関係なくなるのだ。国籍は生きてる間だけで充分だ。これを少しく大袈裟に表現するとこうなる。

魂に国籍など無い!!!

死んだ後の「魂」は神社や墓の中に居るのではなく、宇宙のどこかに居て、会いたいと念じる人がいれば地球上のどこにでもやってきて想いを交換できる。それが「魂に国籍は無い」という意味なのである。

戦没者の霊を慰めると称して、亡くなられた数百万の人々の魂を「政治的に利用する」ことは是非やめてほしい。先の大戦の記憶を忘れず持ち続けねばならないが、亡くなられた方々のご冥福は独り静かに祈るのであって、なにも○○神社へお参りしなければご冥福を祈れないことではない。○○神社にこだわることには政治的な意味があるからで「英霊」という言葉を使って、政治的宣伝に使うことはいい加減やめたらどうなのか。

めのおは合理主義に近い考えを持つが唯物論者ではない。自分の肉体の内部に「ホメオスタシス」というかある統合した一体感を感じる。それが「魂」の働きだと感じている。老荘思想でいう「魂魄(こんぱく)」で肉体を司る
魄の方は肉体が亡びるとともに無くなるのだろう。西洋ではアニムスとアニマといった言葉がある。総じてめのおは人間の「霊性」というものを信じるが、それは物質と同じ存在の仕方をしてはいないと感じている。

この各個人が持っている内的一体感は個人の「自由」を語る時に非常に大事なもので、これを外部から強制されることは人間の基本的な存立にかかわる一大事なのだ。典型的なものに「拷問」があるが、一個人が自己の内面的な自発的な統一感に自己の生き方、何をなすべきかを相談し決めるのが「自由」であって、これを阻止したり有る方向へ強制したりすることが人権の侵害なのだ。

めのおはだからおおよそ「自由主義」に賛成だ。最近のロシア、中共、北朝鮮が今も「弁証法的唯物論」を党のイデオロギーに掲げているのか疑問だが、レーニンのヴォルシェヴィキ革命はマルクス・レーニン主義というイデオロギーにより、毛沢東率いる中国共産党革命は「実践論・矛盾論」の考えのもとに行われた。

毛沢東はこの小冊子の中で「実事求是」という言葉で思想を表現している。現象の表面で判断するのではなく、その背後にある「事実」を追求せよと言っている。
子供が泣くのは何か理由があるからで、わがままで泣くのではなく、その理由を探らねばならないと、これは優れた考えだと若い頃思った。

ただ、晩年に毛沢東は大躍進の失敗で1千万近い餓死者を出し、さらに権力闘争で文化大革命と銘打って少年少女まで動員して文化人、知識人を反動と決めつけ首に枷を嵌め頭に三角帽を乗せて公衆の面前で自己批判を迫った。あの残虐性は正しく「拷問」に等しいもので人間の魂の自由な発現を妨げる怖ろしい体制、とうてい容認できないと思った。

めのおは高校生の時に唯物論か唯心論かで悩んだ時も、日本には唯物論は定着しないだろうと感じた。なぜなら、長い仏教と神道の歴史があるからであり、日本人は庶民に至るまで仏教と神道の考えに親しんできたのであり、それが庶民の生活の知恵と結びついているのだから。

「宗教はアヘンである」という有名なマルクスの言葉がある。(ちなみにめのおのHNのあがたは阿片(アーピン)と書く。オピウムに掛けてある。めのおは宗教心を大切に思うからだ)宗教に代表される唯心論は支配者の金持ちが労働者(被支配)階級を支配するための道具だというのだ。

中共がチベットに攻め込んでラマ僧を弾圧した時、確か北京の若い女性が、チベットでは僧侶は支配層であり人民を抑圧している。だからラマ僧を弾圧するのだ、と正に定式通りの言葉で、チベット支配を正当化していた。

「霊性」というとなにやら神秘めいて聞こえるが、そんなことはなく、ただ生命、生きとし生けるものが持つ直観力、共感の能力と簡単に言い代えて良いと思う。人が犬や猫に共感を寄せ、草木を愛でるのも「霊性」の働きだと思う。

輪廻転生が本当にあるのか証拠を探っても仕方がなく、霊性によって、死後も生まれ変わり、生命は永遠に続いてゆくと考えた方が救われる。

アメリカ人の誰かが「核兵器は輪廻転生を断ち切る。だから良くない。反対だ」と言ったとYou Tube で聞いた時に「正にその通りだ。これは良い発言だ」と感じた。

太平洋戦争の末期、日本は石油も軍需物資も尽き、学徒出陣で集めた20歳そこそこの若者を、促成パイロットに仕立て「特別攻撃隊」を作った。海軍の特攻隊と陸軍のとがあり、陸軍のは哀れにも使い古しのガタのきた戦闘機で敵艦に突っ込ませた。

彼らは「英霊」という言葉で、後世の日本人が、再び軍国主義の国になることを望んでいたろうか?彼らが、死の直前まで考え思っていたことは、母や父や家族の将来であり、先々の日本が彼らが踏み込まねばならなかった悲劇的運命を辿らずに、もっと賢明な国際的に信頼を得られる国になって欲しいという願いを抱いて、敵艦へ突っ込んでいった。

言い代えれば、このような残酷な戦闘を終わらせるために、敵艦上の兵士を殺し自分も死ぬのだ、と思い突っ込んでいったのだ。

「きけわだつみの声」を読めば、死を直前にした彼らがどのような思いを抱いていたかがわかる。


  (つづく)

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