「ユダヤ人解放令」について | 雷神トールのブログ

雷神トールのブログ

トリウム発電について考える

1789年8月フランス国民議会(国民公会)は「人権宣言」を採択し、第一条に「万人は生まれつき自由で、法のもとに平等」を謳った。

ついで1792年(別説では1791年8月)には「ユダヤ人解放令」を国民公会が採択している。

ユダヤ人に市民権が与えられた。ユダヤ人はゲットー以外の地に住めるようになり、職業の自由、不動産所得の自由、信仰の自由が得られた。

ここでいう「解放」の概念が重要になる。フランス革命で意識されたのは、封建的身分制度社会から近代的市民社会への転化と「国民国家」の建設であった。

つまり、新たに「国民」というカテゴリーに含まれることになったすべての人に市民的・公民的同権を認めること、これが「解放」の具体的内容だった。

フランス革命はヨーロッパの近隣諸国に伝搬した。ドイツにあっては1812年にプロイセン王国の「ユダヤ教徒解放令」に始まり、1848年の三月革命を経て、1871年に成立したドイツ帝国が「信条の自由」原理を採用するに至った。

「信条の自由」を人間の基本的権利とする「人権宣言」が、すくなくとも理論的には広範囲に認められたわけだ。

もちろん理念なので現実には、すぐにフランス人やドイツ人と完全に同等とはならなかっただろう。しかし、法的に差別されているのと、理念であるにせよ、法律で平等が認められたこととには、天と地の差がある。

 「国民国家」の一員となることは「ユダヤ教を信仰するフランス人」となることであり「ユダヤ教を信仰するドイツ人」となることを意味した。

つまり、ユダヤ人は住んでいる国の国民に「同化」が強要されるわけであり、解放以降は、ユダヤ教徒が「イスラエル民族に所属する者」ではなく、「ユダヤ教を信仰するドイツ人」となり、フランス人とならねばならない。そうなる限りにおいて平等が認められることを意味した。


  (つづく)

ペタしてね 読者登録してね