顔写真と指紋を取られ、取り調べ室で住所、氏名、年齢、国籍、フランス入国の年月日等を
訊かれ身分証明書の提出を求められた。啓は上着のポケットから滞在許可証を出した。取
り調べ官は調書にタイプし終わると、形式ばった口調で聞いた。
「ロロザ邸から何年何月何日、藤田の乞食の絵とモジリアニのデッサンを贋作と取り替え盗
み出した。事実を認めるか?」
啓が黙っていると、取り調べ官は、タイプしたばかりの書類を啓の前に滑らせ、サインする
ように言った。刑事が突出した書類には、啓が供述したように書いてあった。
「私は、本物の絵を私が造った贋作とすり替え、ロロザ邸から盗み出した。鑑定の結果、偽
物と噓を吐き、絵は買わないと答えた」
啓は刑事の挑発に乗り、警官侮辱罪や他の罪状を加えられて拘禁が長引いたり、不利な
報告書を検察や裁判官に送られたりしないよう、刑事の言う事を注意深く聴き、平静を保た
ねばと自分に言い聞かせた。
「盗品を本来の持ち主に取り戻してやりたかっただけです」
理性では抑えきれない衝動がこみ上げ啓は口を滑らせた。係り官は啓を嘲りの浮いた顔
で見上げて言い返した。
「ロロザ氏が絵の本来の持ち主だよ」
刑事があまりに単純にロロザを権威として認めているので啓は少し腹が立った。
「盗難届が出ている絵ですよ。あの絵」
黙っていようと心に決めていたことが口を吐いて出た。
「複雑な事情があるようだが、そういったことは裁判になったら言いなさい。ここでは絵をあ
んたがロロザ邸から持ち出したか否かの事実を確認してるだけなんだから」
刑事は啓が口を滑らせたことをまともに取り上げなかった。面倒を避けたいのか、徹底し
た実証主義を貫くのか、供述書の数をこなし点数を稼ぐのが大事なのか、とにかく啓の言葉
には関心を払わず早く片付けようという意志だけが見てとれる言い方だった。
「ここの盗んだという文字を持ち出したと替えてくれれば署名します」
「同じことだ。所有者の合意なしに持ち出すことを窃盗というんだ」
啓は仕方なく、その供述書に署名をした。
「あんたが本物の絵の在りかを言わないなら、絵が見つかるまで、勾留期間が長引くだけだ
よ。絵の行方を吐きさえすれば、ロロザ氏は起訴しないと言ってるんだから、悪いことは言
わない、あっさり吐いてしまった方が身のためだと思うがね」
刑事は最後にそう吐き捨てた。その後、手錠と腰縄をつけられ他の留置人と一緒に護送
車に乗せられ、移送された。ルヴァロワかフレンヌか、外が良く見えないので確かではな
かったが、パリの北の郊外の大きな警察署の留置場だった。
(つづく)