連載小説 「異土に焦がれて」 73 | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

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 啓はルルーがタダなんだろうなと念を押したのに力を籠めて答えた。

「もちろん。タダです。差し上げます。でも、できるだけ、あるところへ持って行って欲しいん

です」


「なんだか、かわった話だね。メルランの魔法にかかったようで本気なのか、へんな気持

だ。かつがれてる気もするけど……。なんだって、また、そんなことするんだい?」


「いま、その絵を持ってる男の手から取り上げたいんです。その絵を。作者の意図に反する

ことですから、その男のところに置いておきたくないんです」


「盗みを手伝えってのなら、おことわりだよ。おれは、監獄より、こうして自由な身でいたい

からね」


「差し上げるんですから、罪にはなりません。ある場所に居てくださればお渡しします。受け

取られたら、だれにも気付かれないよう、その場から消えて、そっとお家に戻ってくだされば

いい。それだけです。絵は小さいものですから目立ちません。あとは、お好きな時に、ここに

書いた手紙といっしょに、あるところへ持って行って二人の女性に絵を渡してほしいんです。

もし嫌なら好きなようにしてくださって構いません」


 啓は用意した手紙をルルーに手渡した。


「この手紙を絵と一緒に渡してくだされば、受け取る人は、私からだと解って、絵を受け取

り、あなたに何がしかのお礼のお金を払ってくれるでしょう」


「なんで、あんたが自分でやらねんだよ?」


「もしかして、いやきっと、その晩、身動きができなくなるでしょうから。ですから絵をその二

人に渡せません。この手紙には、あなたに礼金を払うようにと書いてあります」


 啓はダニエルとアンナへ宛てた手紙に、絵を持たせた人から、絵を受け取って,


千フランほどあげて下さい。代金は後ほど私が返済させて頂きます。と書いていた。


「そうか。よし、わかった。で、持ってって欲しい場所てのはどこなんだい?」


 引き受けてくれると分かって啓は安心した。宿なしにだって人情は分かって貰えるのだ。

そう勝手に解釈して、啓はダニエルのアトリエへ行く道順をルルーに教えた。


「で。絵を受け取るのは、いつ。どこに居ればいいんだ?」


「日取りは、のちほど、お知らせします。来週か、再来週の夜になると思います。場所はヌイ

イです。公園の角に柘植の植え込みがあります。そこに隠れて私が横を通るのを待ってて

下さい。角を曲がったら、植え込みから出たところでカバンごとお渡しします。しばらくの間だ

け、植え込みに隠れていて、人気がなくなったら出て、誰にも気づかれないよう、その場を

立ち去ってください」


「なんだか、時間がかかりそうだが。まあ、いいか。あんまし、じらせずに、はやいとこたの

むよ」


「わかってます。夕方の六時から、遅くても七時には終わります。日取りが決まり次第お知

らせに来ます」


 そういって啓はルルーと別れた。


  (つづく)


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