連載小説 「異土に焦がれて」 66 | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

                         

 ラティイの城からの帰りに、アンナの運転する車で二人はオーセールの街へ寄り、そこの

カテドラルを訪ねた。アンナが、啓に見せたかったのは、そのカテドラルの地下にあるヨー

ロッパで一番古いフレスコ画だった。オーセールのサンテチエンヌ大聖堂はゴシック建築だ

が、少し変わったスタイルで西側に大きな塔が一本立ち南側から観るとその塔を一辺とした

巨大な三角形をしている。

 クリプト(地下礼拝堂)へは係りの婦人に頼んで鍵を開けてもらい、カテドラルの外の入り

口から入る。まるで地下牢のように薄暗く、丸いロマネスク様式のアーチと太い柱で支えら

れた低い天井が壁に設置された照明で黄色く浮かんで見える。フレスコ画は天井にあっ

た。十一世紀に描かれたフレスコ画は千年近く経た今も色鮮やかに残っている。オーカーと

茶と赤と白の四色の天然顔料を用いて白馬に跨ったキリスト像が描かれていた。

「ね。いいでしょう」

 アンナは天井を見上げ、それから啓の顔を振り向いて見ながら言った。

「あたしは、単純化されたこの形が好きなの。形は単純だけど人は人、馬は馬の特徴を掴

んで力強いでしょ」

「縦長の顔になで肩。モジリアニの絵に似てるね」

「ね。そうでしょ。だからハジメに見せたいと思って連れて来たの」

 アンナは薄暗闇の中で満足そうな笑みを湛えているようだった。啓が聞いた。

「クリプトってなにか特別な意味があるの?」

「ギリシャ語が語源のラテン語よ。洞窟とか隠れるって意味だわ」

「ローマ帝国の国教になる前に弾圧され、隠れて集まったのがクリプトってこと?」

「迫害とは関係ないわ。原始キリスト教の時代からユダヤ教が使っていた洞窟を利用してた

のよ。もっと遡れば、ミトラってインドや古代ギリシャの太陽信仰と関係があるらしいの。この

丸天井は蒼穹なのよ。だから天井に絵を描いたの。洞窟画の起源で言えば、ラスコーみた

いに一万五千年も前にクロマニヨン人が描いた洞窟の絵が残ってるわ」

 アンナの説明に啓は自分の断片的知識を恥じ認識が改まるのを感じた。

「フレスコ画は漆喰の石灰分と水と空気とが反応して絵具が深く浸み込んで漆喰と一体に

なるのと表面が化学作用で保護されるの。だから何百年経っても色鮮やかに残るんだわ。

先史時代の壁画も天然の保護作用で残ってるのよ。これだけ深い地下に厚い壁と天井に守

られてれば核爆発にも耐えるんじゃないかしら。どうお? ハジメはフレスコ画に興味はな

い……? 死んだ後も数百年は残るよ……」

 アンナは真面目なのか、からかってるのか、どちらともとれる言い方で天井のフレスコ画を

眺めながら言うのだった。


   (つづく)


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