連載小説 「異土に焦がれて」 39 | 雷神トールのブログ

雷神トールのブログ

トリウム発電について考える

                               

 あれは、七月十四日のパリ祭、フランス革命記念日の直後だった。パリの目抜き通りには、歩

道の見物客が道路を横切り軍隊のパレードの邪魔をしないよう鉄の柵が並ぶが、それがまだあち

こちに置き去りにされてお祭りの余韻が残っていた。


 啓は十五区のグルネル河岸に建設中の高層ビルのひとつが日系のホテルになると聞き、版画

リースのセールスに訪れたのだが、工事関係者しかおらず、ホテルの営業開始が近づいてから

来てくれと半ば追い返されたのだった。意気消沈し、セーヌ河沿いのアンドレ・シトロエン河岸とグ

ルネル河岸の歩道をぶらぶら歩き、ビラケムの駅からメトロに乗ろうと、エッフェル塔を背景にセー

ヌに架かった橋の上を電車が渡ってゆくのを見ながら、高架の駅の入口に近づいて行った。グル

ネル通りを渡るのに信号を待っていると、数十メートル右手に一人の女性がマイクを手に何事か

訴えかけている姿が眼に留った。


 啓は日系ホテルへの営業が時期尚早で空振りに終わったこともあって、気晴らしが欲しかった

のと好奇心に駆られ、その女性が立っている場所へ近づいて行った。


 路地の真ん中で女性は通りがかりの人に何ごとか訴えかけていた。歩道には十数人の男女が

横断幕を広げ彼女を遠くから取り囲み、守るように立っていた。


 啓の耳には彼女が繰り返し『ヴェルディ』と有名なイタリア歌劇の作曲家の名前を口にしたよう

に聞こえた。がすぐに彼女の口から『ヴェロドローム(競輪場)』という単語が発音されたのが耳に

止まり、横断幕に『 Vel d'Hiv 』と書いてあったので、『冬の競輪場』のことをさしてるのかと気が

ついた。なおも良く聴いてみると、彼女は単に競輪場の話ではなく、もっと深刻な事について訴え

ているとわかってきた。


「いま、私たちが立っているこの場所には一九〇〇年のパリ万博の産業展示場が建て替えられ

た冬季競輪場がありました。『ヴェルディヴ』と呼ばれる室内競技場です。


 今から三十四年前の朝の事です。フランスの警察が、わたしたちユダヤの同胞を一斉に狩り立

て、ここにあった『ヴェルディヴ』に閉じ込めたのです。三日の間、飲み物も、食べものも一切与え

られず一万三千人の老若男女、外国籍のユダヤ人が、閉じ込められた。その中の四千五十人は

子供、五千八百人は女性でした。トイレも水道も無い競輪場で毛布も与えられず、病人が出たり、

臨月だった妊婦が出産したり、逃げ出そうとして射殺された青年もいました。


 悪夢のような三日間。しかし彼らを待っていたのはもっとひどい地獄だったのです。彼らはパリ

郊外のドランシー、百キロほど南のボーヌ・ラ・ロランドとピチヴィエの強制収容所へ送られた後、

家畜輸送用の貨車でアウシュヴィッツへ運ばれたのです」


 歩道にいた一人が啓に近寄り一枚のチラシを差しだした。チラシを受け取り、急いで眼を通すと

今女性の口から聞いた恐ろしいことが書いてあった。人権の国と呼ばれたフランス。外国人を広く

受け入れる寛容な伝統を持っていたフランス。そのフランスがナチに進んで協力し、女子供までも

大量に狩り出して、家畜同然にアウシュビッツの絶滅収容所へ送りこんだのか! 啓は茫然とす

るほかなかった。



   (つづく)


ペタしてね 読者登録してね