連載小説 「異土に焦がれて」 1 | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

序章

 ルルーは橋の下のダンボール小屋に住んでいた。セーヌに架かるミラボー橋の上流に、細長い

船のような中州がある。<白鳥の中州>と呼ばれている。その船の艫にあたる部分、下流のミラ

ボー橋側の突端に、ニューヨークの自由の女神の原型となった小型の女神像が立っている。中州

を跨いで鉄橋が架かっているが、その石の橋げたと鉄材を利用してダンボールを重ね小屋が掛け

てある。啓は主人が不在の時にこの小屋を覗いてみた。


 床には工事現場で拾ったらしい板が敷かれ、道端に出ていた粗大ゴミのマットレスを敷き、立

派な寝室が出来ていた。エヴィアンの瓶が数本、キャンピング・ガスに鍋が
 ひとつ。隅には衣類

を入れる布製のバッグと寝袋。所帯道具はそれだけだった。後で
 知ったがルルーはこうした生活

をもう三年も続けていた。失業し、家のローンが返せ
 なくなり、抵当に入れてあった家は取り上げ

られ、妻にも逃げられた。一度は絶望し
 かけたが、今は誰はばかることなく、自由で気ままな暮

らしをしている。冬寒いのと、
 風呂に入れないのが苦痛なくらいで、我慢できる範囲だし、我慢し

きれなくなればホー
 ムレス収容施設へ行ってシャワーを浴びればいい。冬は寝袋に毛布一枚を

加えれば
 なんとかしのげる。まだ若く体力がある。人目を気にすることなどとっくに忘れ、なんの

制約も無い今の生活がとても気に入っている。

 スーパーのカートは、物を運ぶのにすごく便利なので道端に転がっていたのを貰って来た。粗大

ゴミの収集日には、金持ちが住む十六区へ朝一番でカートを押してゆ
 く。まだ十分使える家具や

家電製品が捨ててある。選り取り見取りだ。気に入ったも
 のをカートに乗せ、自分で使えるもの

は取って置き、使えない家電などは<蚤の市>へ
 持って行き買い取って貰う。商売が出来た日

は、祝いに肉を買って栄養をつける。啓
 はじめ)がその日、白鳥の中洲へ行ってみると、中州

を縦に貫く一本道をルルーがカートを押し、のんびり家路をたどる背中が見えた。道の両側の白樺

の葉が黄色く色
 
づいて秋の気配が漂っている。もうじき闇が降りてくる。啓(はじめ)は足を速め

ルルーに追いついた。


「このへんにお住まいですよね?」 啓は思い切ってルルーに声を掛けた。

「お住まいには違いネエけど、紙の家だぜ……。ほら、あそこに見える」

「ええ。あの家のご主人を探してたんです。ちょっとお願いしたいことがあって……」

「このオレにお願いだって? 人になにか頼まれるほど、甲斐性はないよ、オレは……」

「いいんです。あるモノを、預かって欲しいんです」

「あずかるって……、ナニを? 盗品じゃあないだろうな」

「そうなんです。盗品です。いえ、盗品だったのを盗んだものです。取り返したってほうが正確かも……」

「なんだか、よくわかんないけど……。で、なんなの? そのモノってのは?」

「絵です。盗まれた絵を取り戻すんです」

「絵、かよう。オレみたいなもんにはいちばん縁のないシロモノじゃねえか」

「いえ。反対です。あなたのようなヒトにこそ、もっていてもらいたい絵なんです」

「そんな絵があんのかね? 絵なんぞ貰ったって飾るとこがネエッてザマだからね」

「あなたのようなヒトを描いた絵なんです。飾らなくてもいいんです。それに、もしその絵をお金に換えた

いと、思われたら、売ってくださって構わないんです」


「そうかい」

「作者は有名な画家です。世界的に……。あるところへ持って行けば必ず買ってくれます。盗品のまた盗

品だから、あんまり高くはないけど、あなたがひと月やふた月は
遊んで暮らせるお金にはなる筈です」

「いまでも、あそんで暮らしてるけどね、へへへ」

「そうでしたね。たまには、ホテルに泊まってお風呂に入るとか……。美味しい物を食べて栄養つけると

か……。そうして頂きたいんです。毎日はムリでも、ときどきは
ね……」

「オレに同情しようっての……?」

「いえ。そんなつもりはありません。うらやましいなって感じるときがありますから」

「ふうん。無一物になってみると人間のほんとの自由ってのがわかるよ。所有なんてこととは縁が切れた

と思ってたんだが。で、その絵を預かって、売りたけりゃ売っちゃっ
てもいいの? つまり、くれるんだ

な? オレに? タダなんだろね」


「もちろん。タダです。差し上げます。でも、できるだけ、あるところへ持って行って欲しいんです」

 
   (つづく)



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