カフェーを経営していた一家はエレベーター取り付け工事を理由に訴訟を起こし、エレベーターの鉄骨や部品が1年近くも中庭に雨ざらしになっていた。ガルシア婆さんは代わりの部屋をめのおの階にあてがわれたが、嫌がらせに姪が住む予定の最上階に「犬のウンコ」をシャベルで拾って置いた。
2年ばかりパリで頑張っためのおのカミサンもやっと踏ん切りがついてアヴォンに引っ越したのだった。通勤時間は片道35分+メトロ15分で50分。それでもフランス人には通勤時間として長い方なのである。
レ・フジェールの隣人は、頭の上の階に若いポルトガル人夫婦が住み、15年の間に子供を3人作って育てた。働き者なのは褒めるべきだけど、毎日頭の上でガンガン工事をやるので、いい加減堪忍袋の緒が切れることが再三あった。
ある時、水漏れがして上の階のドアを叩き中へ入ると、壁一面にブルーのポルトガル特有のタイルが貼ってあり、アパート全体が風呂場のような雰囲気だった。
朝まだ暗いうちにきまってガタゴト音を立て出かけて行くので、いちど窓から下の様子を見ると、仲間が車で拾いに来て乗り合わせてどこかへ出かけて行くのだった。その頃はまだれ・フジェールは「麻薬」に冒されてはいなかったが、ミステリの映画でも観てる感じがした。そんなことを1年近くも続けた。
たぶん家でも建ててるのだろうと推理したが、やっぱり、めのお夫婦がレ・フジェールを去る3年ほど前に上のアパートはインド人一家に貸され、ポルトガルの家族5人は自分で建てた家へ引っ越して行った。
同じ階段の向いにはインド人一家が入居し、その頃からパキスタン人も増え始め、インド人の隣人はパキスタン人の悪口を言った。ポンデシェリというフランス植民地のコントワール(商館)があった土地から来た隣人はフランス語を話し、パリの食品店で店員をしていた。「他民族国家」の道をフランスは歩むのだと政治家はテレビでしきりに宣伝した。
いつも大声でわめき声を立てるのはアルジェリア出身の婦人だった。フランス人の旦那は別に愛人を作り、アパートを慰謝料代わりに婦人を置いて逃げて行った。前の旦那が来る度にアルジェリア夫人は大声で喚き散らすのだった。旦那は容赦なく車まで持って行った。それからは、一日に一回は婦人が階段へ出て喚き散らす声が聞こえた。誰にもぶつけられない鬱憤を独りアパートの外で喚き散らすことで晴らすのだった。婦人は40歳を出たばかり位の年齢で色黒だがなかなかの美人だった。アルジェリアは長い間、フランスのひとつの県だったので植民地よりもっとしがらみが強い関係なのだ。
