山里は 冬そ寂しさ まさりける 草木も山も 枯れんとそ おもえば
秋は樹の葉が落ち 生命が活動を安め 長い冬の準備をする期間。
思春期に秋が来ると冬の到来を思い、そこはかとなく寂しい思いがしたものだ。
なぜあんな風に感傷的になったかは今はもう思い出せないが、たぶん草木が枯れることと死が逃れられない宿命であると、生命活動の一番活発な思春期に「死」というものを自覚したことと関係あるだろう。
若い頃怖かった死が歳をとるにつれ、それほど怖くは無くなった。
日本にはちょうど等分された四季があり、昔はそれぞれの季節をはっきりと感じることが出来た。
ヨーロッパへ住み着いてからというもの、春と秋が短いように感じる。
11日金曜日は祭日で3連休。遠くへ出かける人が多かったが、めのお夫婦はそんな元気も無いので近場で済ますことにした。
金曜は霧が一帯を覆い典型的な秋の空だったが、昨日土曜は打って変わり晴れ。日中は20度まで気温があがった。
行ったのは、ソローニュ地方のラモット・ヴーヴロンという町。
ソローニュ地方はオルレアンの南に広がる森林地帯で、パリの金持ちが広い雑木林を所有し、秋になると狩猟を楽しむことで知られている。昔は一帯が沼沢地で今も池がやたらと多い。
雑木林の猪や鹿、シュヴルイユと呼ばれる小型の鹿(日本語でのろというらしい)を銃で撃つ。池が多いので渡り鳥がたくさん来る。
狩猟は残酷だからやめろと反対の人も多いが、昔からシャトーの城主を中心に行われた伝統はすぐには無くならない。でも、めのおには銃を撃ちたいという誘惑はそれほどありません。
めのおの村からロワール河を超え、さらに西南に進むとこの地方に出る。石が採れないので建物はレンガ造り。ほんの数十キロ移動しただけで民家のスタイルが変わり、雰囲気も変わる。
北ブルゴーニュのピュイゼ地方の重厚な黒や褐色の民家と比べて明るく軽い感じがする。日当たりも良く気候も幾分温暖なのではないか?
行程のちょうど真ん中辺にロワール河畔の城、シュリー城がある。掘りに囲まれ小さいが要塞式の城↓ アンリ4世の宰相シュリーの居城だった。よくここでコンサートが開かれる。
シュリーから小道を走ってソローニュの中心地を目指す。ラフェルテ・サントーバンとかラモット・ヴーヴロンの町はオルレアンの南20~30キロにある。
途中、張り出し廊下の付いた古い教会がある。
スリニー・アン・ソローニュの町の教会↓
秋の午後の穏やかな日差しが黄色く色付いたプラタナスを照らしている。
ソローニュはあまり日本では知られていないが、アラン・フルニエという作家が「ラ・グラン・モーヌ」という小説にメランコリックで幻想的な霧と森に城が現れたり消えたりする風景と思春期の自己の発見とを重ね合わせて書いた。アラン・フルニエは第一次大戦の戦場で若くして死んだ。
ラモット・ヴヴロンの町↑
ソローニュをもう少し南へ下ればベリー地方になり、偉大な女流作家にしてショパンの恋人だったジョルジュ・サンドの家が残っている。
カミサンが好きなラモットのアンテイークの店↑ 高くて買えない。
ラモット・ヴーヴロンの本屋のショー・ウインドーに村上春樹の IIQ84 が展示してあった↓
秋の日は短く、帰りは5時にジアンで日が暮れた。茜空がきれいでした↓








