初日から操業停止 | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

マダム・デポンは年齢、三十七・八だろうか。子供がふたりいると言った。工場からの帰り途、車の中で、山本と宮原に、子供は男の子か女の子か、年は幾つかなどと気軽に話し掛ける。アメリカ仕込みの流暢な英語だ。いっぽうで着こなしにフランス的エレガンスを感じさせる。従来のフランスのエリート官僚につきまとう、高慢で権威主義的匂いをつゆも感じさせない新しいタイプの女性だ。

年が替わり二月の初めにようやくデポン夫人から正式に調査依頼が出た。山本と宮原それに今福という若い技術屋を加え四人で再びサンドヴィルを訪れた。今福は細面に眼鏡が良く似合う、四十そこそこの男だ。三週間で調査をし、レポートを作って報告する。

夕方から降り出した雨のために高速をゆっくり走り、夜十一時過ぎにル・アーヴルの街に入った。街は閑散として人影も無く、雨に濡れた敷石が街灯に照らされて光っていた。ホテルのある一角は駅の近くだが、港町らしいネオンや街娼や酔っ払いの影ひとつ見当たらない。仄暗いオレンジ色の光に照らされた無機質で清潔な街が寝静まっていた。

フランスの田舎暮らし-havrenuit


田代裕一はフランスに二十年住んでいる。数年前、東京から来た役員にふと趣味で絵を描いていると洩らしたことが災いしリストラの対象にされた。パリに居てろくに仕事もせず絵ばかり描いていると嫉妬を買ったのだ。今は自分の事務所を持ち東亜とは仕事のある時だけ、時給で取り引きをする。

田代は日本人だが共和国を理解し、この国の個人主義と文化を敬愛している。近年、急激に物乞いとホームレスが増え、心が塞ぐ機会が増えた。失業者は三百万人を超え、どの政権も失業問題を解決出来ないでいる。文化と人権を経済や軍事に優先する建前が間違っているのか。敬愛するこの国の凋落をただ傍観しているのは悲しい。ルノーの建て直しに少しでも役立てれば喜んで奉仕しよう。山本にこの仕事をやらないかと誘われた時、田代はそう思った。

その冬はヨーロッパをシベリアの寒波が襲った。北フランスでは道路が氷結し、大型車の通行が禁止された。翌日、アドミの建物の前でルノー側のプロマネ、スゴンザックと落ち合い、この先三週間の仕事場になる「バンガロー」に器材を運び入れた。スゴンザックは身長が百八十五センチはある痩せた大男だが、外股に大きな靴を投げ出すように歩く。どことなくおどけた風情がある。

バンガローは白いトレラーハウスで組立工場の南端、ドアラインに一番近い入口の脇にあった。設営を終え、工場へ入る。フォークリフトの音もエアーツールの音も聞こえず、がらんとして人影がない。 スゴンザックに聞くと、悪天候のためトラックは通行禁止。パーツが届かないので今日は操業停止と眼鏡の顔をラインへ向け長い腕を回しくるっと手のひらを返すとぶっきらぼうに答えた。

フランスの田舎暮らし-camion

仕方なく、バンガローへ戻り、今後の方針を打ち合わせた。宮原は製品と設備の改善に慣れているので、部品の形状、組み立て順序、設備の調査をし、改善提案をする。山本はオペレーターの動作の改善を中心に全体の取りまとめをすると決まった。

ひと区切り付いたので、田代ハ誰にともなく聞いた。「コンベア式大量生産自体を改善できないでしょうかね。チャップリンのモダンタイムスはいまだに有効だと思うのですがね」

「ボルボが、疎外感を無くし、工員に作る喜びを与えるため固定式組み立て法を採用した時代があったよ」宮原が答えた。

「残念ながら効率という経済論理に勝てず、コンベア式に戻したんだ。効率の点でフォード式に優るシステムは出ていない。フォードはT型という完成品そのものを標準化したんだよ。単一モデルをコンベアで等間隔に同一サイクルで流すことを初めてやった。その結果、生産時間を従来の固定組み立て法の十分の一に縮める革命をやってのけたんだ」宮原は何事も熱っぽく語る癖がある。


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