半日歩き回って疲れた足を引きずり部屋へ上がって見ると、ドアにサックス夫人のメッセージが貼りつけてあった。「エリザベットが電話を待ってます。番号は……」。
携帯などない時代で、街から電話するには公衆電話のボックスか、カフェーで、ジュトン(英語で token )を買って地下へ降り、ダイアルを回す。ダイアルには数字ごとにアルファベットが2つか3っつ振ってあった。アルファベットは数年後に消えたがプッシュボタン式に替わったのはさらに10年ほど経ってからだった。
夜まだ10時前だったのでエリザベットは電話に出てくれた。マダム・サックスの紹介でというと明日にでも会えるという。ランデ・ヴの場所はレピュブリックの銅像の下が彼女にとって行きやすいし、渉にも判り易くていいんじゃないかしらと言った。場所も時間もキミに従うというと、それじゃあ午前10時にと即決した。
翌朝もお天気が良く、メトロ・レピュブリlックで降りて地上へ出ると車の往来が激しい大きな広場が陽に照らされ眩く光っていた。信号を頼りに広場を横切り月桂樹の枝を右手で掲げた大きな女神の銅像の下へ出る。
5分ほど待つと、広場を横切り近づいてくる若い女性がいた。髪は褐色で、背はそれほど高くはないがすらりとした身体を優雅な足どりで運んでくる。向き合って名前を確認し、始めましてと挨拶を交わして握手をする。
眼の色は茶色だが肌の色が白く、眼鼻立ちが大きいので東洋の女性と全く違った雰囲気を湛えている。
「いつもデモがあるときは、この広場からバスチーユに向って歩くの」とさっそくフランスらしい説明が始まった。カルチェ・ラタンのムフタール街へ行ってみようということになりメトロに降りた。
メトロは、この頃はまだドアの掛け金を乗客が手で外し引っ張って開けていた時代で、渉が「日本は電車のドアの開閉はぜんぶ自動だよ」、とフランスの保守性をからかってみたくなって言うと、エリザベットは「人間にはまだドアを開け閉めするくらいの力は余ってるわ」と言い返すのだった。
「名前はエリザベット。みんなはベベット(お馬鹿さん)って呼ぶわ。父は蚤の市の組合の委員長をやってるの」
「日本語と日本文学を研究してるんだって?」
「東洋語学校で日本語を勉強したの。いまは修士論文を書いてるところ」
「論文のテーマはなに?」
「泉鏡花」
「へえ~。ずいぶん、むずかしい作家を選んだね」
彼女は渉より5・6歳年齢が若い。泉鏡花を渉は読んだことがなかった。
ムフタール街はパンテオンのすぐ裏手にあって細い坂道の両側に小さなレストランが軒を並べた、ごく庶民的な通りだ。ここの広場はコントル・エスカルプ広場といって、よくアーチストがパフォーマンスをやったり歌を唄ったりして有名なの。近頃はクロッシャール(ホームレス、乞食)が集まるんで有名だけどね。
「そろそろお腹が空くころじゃない?どっかレストランに入ってゆっくりお喋りしようよ」
渉は提案して、落ち付いた感じのよさそうなレストランを見つけ、まだ準備中だったけれど中に入って腰を落ちつけた。
エリザベットはサックス夫人に日本の文化や日本語について話をしたことがあるらしい。タダで泊めてもらってるんだけど甘えてしまっていいものだろうか?何気なく相談すると、夫人が好きなだけ泊まっていいと言ってくれたのなら、言葉通り受け取っていい。「お金持ちだから心配しなくていいのよ」と彼女は付け加えた。
渉は朝を食べずに待ち合わせ場所に急いだので腹が減っていた。フォフィレの大きなステーキが、鋭い刃のナイフとマスタードの壺と一緒に木の板に乗ったのを二人分注文すると、エリザベットは「チュエ・フー」を連発した。渉が気持ちが昂ぶって奮発したのを「普通じゃない。常軌を逸してる。気違い。ばかヨ~」と褒めてくれたのだった。
(つづく)
ポチッと応援ありがとうございます↓
連載の励みになります。

