僕が来た当時、フランスじゃマスコミをあげて、日本が国際社会の中で犯罪者であるかのようなイメージを流し続けていた。テレビで連日、日本の悪い面ばかり放映していた。
日本だけ極悪人みたいに報じるやり方はどっか間違ってる。日本にだって戦争に踏み切った止むに止まれぬ事情があった。一片の正義があったはずだと妙に国粋的になってテレビの戦争場面に見入ったものだ。国際派を任じてた僕がね。
その時、僕は気がついたよ。コスモポリタンのように見えるこの国民も、一皮剥けば日本人以上に愛国的なんだって。開けた態度を身につけてるのは地理的、風土的、歴史的、というより功利的な理由からなんだってね。
この国民の本音と建前の差は日本人の想像にあまりあるものだろ。彼らのしたたかさは、日本人が真似しようとして出来ない、頑強でしぶとい体質に根差すものじゃないかと思う。そういう民族性の違いはどうしようもなくあるもんなんだよ。
日本がかつて無謀な戦争に踏み込む過ちを犯したのは、日本が未熟だったからだ。政治、軍事、外交、諜報に関してね。いま日本の若い世代が合理主義の超克だ、ポストモダンだなどと東洋の文化を自賛しても、西欧が十七世紀から三百年かかって築きあげた近代を陵駕するだけの文化、思想、方法、組織、社会構造を生み出していない。ヨーロッパが二千年かかって築き上げた文明をそうやすやすと陵駕できるわけがないと感じてるらしい。
フランスの経営者たちは、権利を持っていても行使しないのを美徳とする東洋の風習を近代化の遅れと見てるんだ。これからは東洋と西洋、北と南、伝統と進歩といった関係だけでなしに消費者とメーカー、学歴のあるものと無い者、若者と老人、健康人と病人などさまざまな人間の関係が見直されるだろう。
日本人がどんなふうに見られてるか外国で暮らしてるとひしひしと感じるな。日本の国内にいれば日本人に寄せられるいろんな当てつけや嫌がらせを感じないですむ。海外に住む者は日本人一般への非難を受けとめ、先祖が過去に犯した罪をかぶり、汚辱を濯ぎ、罪障を消滅するよう振舞わなければならないね」
(つづく)
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