「悲しくなるわ。あんな男につけまわされなきゃならないって考えると。まあ、あっちはどうにかおさまるまで逃げればいいんだけど、病気のメメのほうはどうしようもないわね。
あの病気はね、段階的に急に悪くなるの。きのう、ママンが行ったんだけど、もう一分前のことも覚えてないのよ。脳細胞がどんどん死んで行くの。知能の低下は人を無意識に支配されるままにするらしいの。かわいそうなメメ。赤ん坊に戻ってしまったようだって。つらいわ。だんだんに死んで行く人間を見るのは」
車がブロトンヌの森の入口にさしかかった時、ジャンヌ・マリーは耐えかねたように息を吐き出して言った。
「お願い。今日は先に森へ行って。死んで行く人たちに会ったら家へは戻りたくなくなる気がする。今日は森がきれいだから、先に歩きましょう。太陽をからだじゅうに浴び、森の霊気を胸いっぱい吸いこむのよ」
彼女は死に捕らわれた老人に冥府へ誘われ、萎えた魂に生の息吹を吹き込むように胸を広げ森の空気を吸った。
(つづく)
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