羊が横切ったピレネーの登坂 | 雷神トールのブログ

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ピレネーの山岳コースがツールドフランスに加えられて100年目の今年、休息日の21日(水曜)には往年の名選手が古いバイクを持ちだしてルマレ峠を登った。

中年を過ぎたかつての名選手たちは登り坂の途中で息切れ、バイクを押し歩いて
フランスの田舎暮らし-hinault 登る。変速ギアがついていない昔のバイクで良くこんな急な坂を登ったものだ。

ベルナール・イノーもその一人。

ベルナール・イノーは1978~1986年にフランス・サイクリング界のヒーローだった選手でツールドフランスに8回出場して5回の総合優勝を飾った。

1985年にイノーが総合優勝して以来フランス人のチャンピオンが出ていない。

56歳のイノーは引退後、1993年まで世界選手権のフランス・ナショナル・チームの監督を務め、現在はツールドフランスの組織委員会の役員としてレース中毎日表彰台の右側に立つ。

2010年のツールドフランスがいよいよ最大の山場を迎えた7月22日(木曜)。スタート地点のポーは小雨。前夜激しい雷雨で路面は濡れている。

ゴールのトルマレ峠の天候が気になる。ヘリコプターは峠付近に濃い霧がかかっているのを認め、ヘリからの撮影は中止された。

ルマレ峠で優勝候補の二人、シェレックとコンタドールの一騎打ちが必ずある。若いシュレックが「今年は鍛えて強くなったし調子がいい。8秒の差なんてメじゃない」と言葉どおり差を広げるか?2歳年長で昨年のチャンピオン、コンタドールが粘りを見せるか?

観衆の期待はいやがうえにも高まる。サルコジ大統領がレース・デイレクターの赤い随走車に乗って観戦。途中のインタヴューでは「今日が勝敗を決する山場だからね。サイクリングは好きだし、時間があるときは乗って走ってるよ」と答える。

スタート直後に7人が飛び出し、後続集団との差が7分、8分と開いてゆく。前夜の雨で路面に小石などが散らばりパンクの危険が高い。濡れた路面、特に路線を表示する白いペイントがスリップして危ない。

ゴールまで130km地点で総合3位のサミュエル・サンチェスが転倒。打ちどころが悪かったか苦しそうに横たわったままでいる。オレンジ・ユニフォームのチーム・メートが5人で取り囲み、支えられてようやくバイクに跨る。

120km地点で先行と後続集団(peloton )の差は9分20秒に達していた。11.5%の急勾配のマリー・ブランク峠 Col de Marie Blanque を登る。平均36km/h。頂上通過の先頭はFlecha。後続との差は7’40”に縮ぢまる。

雨が強くなり、雨具をとりだして着る。シューズにまでカバーをつける選手もいる。後続集団の先頭はターキッシュ・ブルーのアスタナ・チームが5人、黄色のレインコートを着たのでイエロー・ジャージーが6人に見える。

レースも後半に入り、勾配8~9%のスラー峠Col de Soukor を登る。霧が濃くなる。

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突然、選手の列をヒツジの群れが横切った。10頭ばかりが脇の斜面から道に上がり並走する。

夏の間、羊や牛、馬は放牧され野外で夜も眠る。

レースは一次的に混乱したが、幸い、羊とぶつかった選手はいなかった。

先行と後続の差はじりじりと縮ぢまってゆく。峠の頂上では4’17”だった。
先行には黒と白のユニフォームにSky のネームが鮮やかな英国チームの選手が2人いる。がSky は普段ロンドンの街中やリンクで走ってばかりで変幻自在のロードレースには弱いという。

後続集団の先頭がアスタナから Saxo Bank に変わった。シュレックのチームだ。いよいよ作戦開始の準備だ。

ゴールまで20km地点で先行との差は4’。一直線の長い列が時速60kmで峠に向う。16km地点で先行の7人からSkyチームの一人が脱落。シェレック、コンタドール、ペタッチが後続の先頭に出る。先行との差が3分に縮ぢまる。

ついに残り10kmの登りでシュレックが勝負に出た。スパートを掛ける。コンタドールは軽々と追ってゆく。シュレックの後輪に触れそうな位置で追随。決して前へ出ようとはしない。
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       ( 写真右がシュレック、中央がコンタドール)

ここから20分に渡る二人の一騎打ちを観衆は楽しめた。シュレックは、時にスパート、ときに緩めてリズムを変え、コンタドールを疲れさせ、機を見て一気にダッシュの作戦だが、コンタドールは疲れを見せず、どんな状況にも応じてゆく。

若いシュレックは心理作戦に出た。振り返り、コンタドールの顔を見て「どうした?
フランスの田舎暮らし-schelfigure チャンピオン!ダッシュして底力を見せろよ」と挑発する。コンタは素知らぬふりでシュレックの顔を見ようとしない。

いちどだけコンタがダッシュした。そんなに言うなら「ついてこい!」が5秒後にはシュレックは追いついていた。
コンタの目標は今日のレースに勝つことには無い。総合でツールドフランス優勝にある。

残り8.5kmで二人は先行していたカチューシャ・チーム(ロシア)のコロヴネフを追い抜く。二人に続き、3位を争うメンシェフ、ヴェン・デン・ブルック、そして驚いたことに転倒したサミュエル・サンチェスが続いていた。

峠の頂上付近は観衆が道一杯に溢れ、シュレックとコンタが一列で通過するのがやっと。旗を振り、奇抜な格好で一緒に走る男女。水着姿や、尻丸出し、ストリングスで股を隠しただけのヌーデイストも現れた。

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シュレックのスパート、コンタのダッシュ、またシュレックがスパートと最後まで息を呑む闘いは続いた。コンタはここで全力を出し切っては残る3日でイエロー・ジャージーを失うと見たのかずっとシュレックを先行させた。ゴールでもダッシュせずシェレックに勝ちを譲った。二人は同タイムでゴール。

3位はヨアキム・ロドリゲスで1’03”の差。4位がサミュエル・サンチェスの順だった。



個人総合は1位 コンタドール(スペイン)83時間32分39秒
2位 アンデイ・シュレック(ルクセンブルグ) 1位との差は 8秒 で変わらず
3位 サミュエル・サンチェス(スペイン、右下の写真) 1位との差は 3分32秒に開いた。
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メンショフ(ロシア) 3分53秒差、ヴァン・デン・ブルック(ベルギー)5分27秒差と続き
アームストロングは23位で37分58秒差。

日本の新城はこの日100位の28’17”差でゴールするも総合では112位で1位との差が3時間9分56秒となった。

レース終了後、サルコジ大統領がインタヴューに応え、アームストロング、コンタドール、シュレックの3人も加わって笑顔の会話が交わされた。

大統領はアームストロングの偉業を讃え、私生活でもガンと闘病し引退後はガン撲滅の財団を作って活動する彼を男の見本、人生の手本だと誉めあげた。アームストロングは男の見本は褒めすぎで僕はレーサーとしては特殊だったと思うと答えた。

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( 3人のチャンピオン、左からシュレック、コンタドール、アームストロング、2009年の写真)

コンタドールに大統領は、サッカー優勝、ロードレース、テニスと最近スペインはスポーツで独り勝ちだけど秘密を知りたいと持ちかけたが、謙虚なコンタはサッカーはよくやった、テニスはフランスじゃないですかとかわした。

シュレックは土曜(23日)のタイム・トライアル(TT)に強いコンタドールに差を広げられ、今日で勝負がついたと大方の意見だが、コンタ自身まだ終わってない、やることがいっぱいあると言った通り、力を付けた若いシュレックの逆転もありうる。