「ル・ヴェロ」はグリーンの紙に印刷されていたに対し 「L'Auto」は黄色い紙に印刷された。
1903年1月19日、「L'Auto」紙は「これまでになかった最大の自転車レース」の創設を発表し、le Tour de France と名付けた。レースは7月に開始された。
サイクリングの新聞なのに名前がなんで「L'Auto」なの?と疑問が沸く。そのとおり。最初名前は「l'Auto-Velo」と付けた。しかし、「le Velo」紙から商標侵害で訴訟され負けたため「l'Auto」とした。le Tour de France は le Velo 紙に対抗し読者を獲得するための商用イヴェントとして創設されたと言える。
ちなみに、この2紙のライバル関係には当時フランスの軍隊、政財界、文学界をも巻き込み国論を二分した「ドレフュス事件」が関連している。
それはともかく、ここで面白いのは「黄色=jaune」である。ツールドフランスを象徴する「Maillot jaune」。タイムトライアル(TT)、平野、山岳部、全コースを通じて最も優秀な個人総合優勝者に贈られ歴史と名誉ある「イエロー・ジャージー」は創刊当時の「L'Auto」紙の黄色いページに拠っているのである。
今日のツールドフランスも選手たちが走る1時間ほど前に「キャラヴァン」と称するコマーシャル・カーが先行し、縫いぐるみの動物やレジンで作った様様な意匠の宣伝カーが延々と続く。2週間に渡ってフランス全土に繰り広げられるこのイヴェントの興業経費は相当な額に上るがスポンサーに負っている。
銀行、保険会社、時計メーカー、お菓子、ドリンク、 ミネラル・ウオーター(Vittel)など様々な企業がスポンサーで経費負担をしているが、ちゃんと採算はとれているとのこと。なぜなら、ツールドフランスは今日世界183カ国のテレビで放映されるから。
創設当時のレースのルールは今より相当厳しかった。1930年まで創設者のデグランジェが決めたルールが適用されたが「選手はレース中いかなる外部の援助を得てはならない」とされ、今日のようにパンクしたら即座にアシスタントがスペア車輪と交換し後押ししてくれることも、随伴車がドリンクやサドルの調節や絆創膏の交換までしてくれるなどはなかった。
数年前まではドーピング問題で嘆かわしい状態にあったが、厳しい検査を適用し、ここのところまずドーピングは話題にならない。変ったエピソードとしては昨日までイェロー・ジャージーのスイスのカンチェレラが自転車のパイプに潜ませた電池とモーターが発見され話題を呼んだ。むろん、レースでは開始直前に検査を受けている。
イエロー・ジャージーの次に気になるのがグリーン・ジャージー。これは平地部のスプリントの総合勝者が身につけるジャージー。白地に赤の水玉ジャージーほか近年は数種のジャージャーがあるので次回はジャージーの色について。
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