綴 of  ハチミツバイカイシ

綴 of  ハチミツバイカイシ

文字によって気持ちを伝えたい。
そんな気持ちで旅の日記と
小説:掌編~長編までを書いているツヅレのページです。

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夕焼けになる前の、不穏な風が好きだ。何だか体の全部が透明のシートに覆われているもので、周りに何もかもが見透かされているような気がするからだ。少し落ち着かないけれど、その風邪を吸い込んだら瞬く間に体内が満たされる。吸った勢いで体中を駆け巡って、そしてストン、と重みのない物質としてそこに鎮座するのだ。


平らなお腹をさすりながら、風通しのよい河川敷を歩く。
あと、1ヶ月。

だった。
予定日12月。寒い冬にこの世の空気を吸うはずだったモノが、私のお腹にはいた。
たった2ヶ月の間。まだ、形すら出来ていない小さなミクロ単位の細胞。
相手は大好きな人だった。
大好きで大好きで、心から愛している人だった。
この細胞のことを告げる時、私はこれからの生活を心配した。
一体なにをどうしていけばいいのか、何が変わっていくのかが不安で
未知の世界だった。
それを二人で考えていけるものだと、思い込んでいた。
ぷにぷにした自分の皮膚を、初めて愛おしいものだとおもった。


でも、ちがった。
私のことを考え、その大好きな人は細胞を切り取ることを望んだ。
何度も話し合った。
いろんなことを考えた。
でも何も見えなくて、悲しいばかりで、恐怖しかなくて
私も不安の中、何が真実かもわからず
愛おしい気持ちのまま、サヨウナラをすることになった。



あれから7ヶ月。
私のお腹はある一定の日になると違和感を感じるようになった。
まるで、その細胞が戻ってきたような、そんな感覚。重たい、気持ち悪い感覚。
そしてよく、夢を見るようになった。
お腹が大きくなっている私が笑って誰かと話をしている様子。
楽しそうで、幸せそうで、目覚めるたびに泣けた。

どうしてこんなことになってしまったんだろう。
あのとき、全部なくしてでも大切に守っていっていたら。
全員に反対されても、納得行く道を選んでいたら。


これが人生で初めての後悔だった。


それから、もともと東京出身だった彼とは連絡が途絶えがちになって疎遠になった。
今、きっと彼は新しい彼女を見つけているのだろうと、情けないながら妬ましい気持ちで考えたりする。
今でも忘れられないあの笑顔は、もう私の方には向かないのだと。
悔しくてならなかった。

それほどまでに、好きだった。


どうして、私はこんなに未練があるのだろう。
あんなやつ、あんなやつ。
そう思えば思うほどに辛くて、彼が許せなかった。


そして今、その大きいはずだった平らなお腹をさすりながら
この冷たい、不穏な風を一気に吸い込んでいる。

そして最後に体いっぱいに吸い込んだところで

いっぱい
いっぱい

涙が出てきた。

涙がでて、涙が出て、嗚咽が出てきて、苦しくなって

私は大声で泣いた。
たった一人で。


そして一通り泣いたところでふと思った。


許せないから、許さなかったら
私は一生悲しいままじゃないのか。


と。
昔ある人が言っていた。

許すことが、最大の勇気だ。


いままで私は後悔なんてしたことがなかった。だから人を許さないなんてこともなかったし、まずこの恨みにも似た執着を持つことなんてなかった。自分が納得して、失敗したら自分のせい。そうやって判断してきた。


許す、ということは簡単だと、だから思っていた。




私は、今、幸せにならないといけないんじゃないか。


そう感じた。
悲しみは悲しみを連鎖させるし、不幸は不幸を連鎖させる。
だからこそ、許さないといけないんじゃないかと
そう思った。

何故か、今、急に、この風のおかげで。


「許す、って難しいんだな。」


わかってはいるけれど、悲しくてどうしようもない。
その気持ちは変わらない。
でもそれはそれでいいんじゃないか。
それは私の過去として、しっかり背負っていけばいいんじゃないか。
例えそれが愛おしくても、苦しくても。

そしてそれは、今からでも軌道修正できるんじゃないのかと。


許すっていうことは
現実を真正面から受け止めるということ、と同義語なんじゃないかな。
受け入れて、それが今この時を生きている現実だと
そしてそれはもう変えようのない過去であり

私が生きていくのは未来なんだと。


前を向いている人にはきっとYESを与えてくれる。
カミサマってそういうものじゃないのかな。

何が正しかったかなんてわからない。
何が、だれがじゃなくて、それを受け入れる。
ただあった現実を受け入れる。

今と、未来を変えていくために
幸せになるために、ちゃんと前を向かなくちゃいけない。



愛おしい愛おしいあの人は一体なにをしているんだろう。
幸せになって欲しい。
私も、ちゃんと幸せになろう。





足元を大きな犬を連れた腰の曲がった、背の小さいおばあさんが通り過ぎる。
「お嬢ちゃん、風邪、ひいちゃうよ。」

きっと、彼女からみたら私もまだまだ赤ん坊。
かわいいかわいい赤ん坊が泣いててはいけない。


またあした、ここに風を吸い込みにくる。
私は平らなお腹をさすりながら思う。
そしてまた泣くだろう。
でもその時には、風が私の体内を巡って、サラサラになって
すっと体外へ出ていく、そんな呼吸をしよう。

黄昏時、寒すぎるほどの気温の中、私は家路へ急いだ。
誰も待っていない家に。













いい、物語だったと思う。
素晴らしい日々だったと思う。

後悔は何もなくって
ただただ美しい日々だった。

涙したこともあったし
怒りに震えたこともあった。
自分でもわかるほどのこの上ない笑顔と歓声の中で
身体全部を使って喜びを表現したこともあった。

今、全てが美しく
全てが輝かしい。


2月21日はきっと素敵な日であるはずなんだと思う。
頭に残るこの数字を覚えている人は
きっと私だけだろう。

なんとなく空っぽなこの日を
私はいつまで覚えていられるのだろう。
覚えておきたくても失われていってしまうこの記憶を
どこまでアテにして
どこまで信じていけばいいのだろう。

27年間のこの人生が今ここで幕を閉じることができるのなら
私はどれだけ幸せなのだろう。
愛する人に見守られながら
息を止めることのできる時は
私にはいつ、訪れるのだろう。


先このとは何もわからなくて
不安ばかりが募るのなら
不安の中に一層のこと飛び込んで
その中を見てきたいと思う。

でもそれもきっと私だけなのだろう。

忘れることのできない未来を
今も一生懸命抱えて
2月21日を迎える。

申し訳ない気持ちと
できればそれを歓迎できるものが宿っていれば
また前を向くことができる気がする。


脳の中に響く鳴海。
渦を巻く愛。
過去には縛られたくないけれど
私は今を生きているから。
過去は私だから。

息を止めるまで
全部私だから。

だから

ビル群の中にひっそりと生きている君と
天空空高くにいるあなたを抱きしめて
生きていきたい。


自由って本当に怖いと思う。
だってなんでもありだから。
いいことばかりじゃない。

たとえあなたの隣にいる人が
急にあなたを刺したとしても
それは自由なんだから。



それでも自由でいたい。








人に優しくできるのは。
自分が人に優しくしてもらってるから。

だけではないの。


人のことを喜ばせる話ができるのは。
自分が人に喜ばせてもらった経験があるから。

だけではないの。


ねぇ、しってる?


貰いたいものを貰えなかった人は
人のことがよく見えるようになるの。


自分が欲しくて欲しくて
願っても願っても貰えなくて
傷ついて傷ついて

だから相手の気持ちが分かるようになるの。


何もないときはね。
優しく居られるのよ。
相手が望む言葉を、望むように話してあげられるから。


でもね、そんなの面白くないよね。
なんで人を幸せにしなくちゃいけないの?
なんで人が喜ぶように仕向けなくちゃならないの?



めちゃくちゃにしても、いいよね?



あいつが私にそうしたように。


「愛・・・?」


最後につぶやいたその一言が忘れられない。



知っているはずなのに。
欲しかったはずなのに。
だから与えて潰してきたのに。






愛・・・?
・・・って。


なんだっけ。






そんな人のお話。

聞いていて
何も不自然に思わなかったあの単純な女性は
やっぱりちょっとおかしいのかしら。

それとも
なんでも高笑いして面白くておかしくて
人生をゆっくり見つめて
それがそんなにもかというくらい冷たいものだとしっていて

壊れていくのを楽しむ。
冷静に。

そんなことは
もう遠の昔から知っていることなのかしら。

落ちていく感じ。
それは寂しいことだと知っていて
楽しんでいる生き方を
遠くから見つめて笑っている感じ。

それをあの単純な女性はわかっているとでもいうのかしら。




ばかばかしい。

単純な人は単純な人なのよ。
そんなことわかるわけない。






こういう人がいるから
そういう人が生まれてしまうのだ。

深い。深い。穴に落ちていく人が。


急に切ない気持ちになって
胸が締め付けられてるような感覚があたしを襲う。
風の心地よい午後三時。

先週買ったワンピースがどうも薄すぎてすこし恥ずかしいけれど
袖のワンポイントがかなり気に入っている。

泣きそうな顔をしたまま
渋谷を歩いているけど
人が多すぎてあたしのそんな表情に気づく人なんて誰ひとりいない。
でもそれがまたあたしを安心させる。


薫子と待ち合わせた喫茶店はあたしの好きなチョコレート屋さん。
期間限定で美味しい飲み物が出ているから飲もうよ、
と誘ってくれたのは薫子だった。


薫子はあたしのタイセツな友達。
ときどきどこかに行ってしまいそうで
危なっかしくて心配でしょうがなくなるけど
放っておくといつのまにかまた
真となりにいる。
そんな関係のあたしたち。


チョコレート屋さんについたら
もう薫子はそとのテーブルに腰掛けて
お目当ての飲み物を今まさに飲もうとしている時だった。
こっちをみつけて
「あ、春子。おはよう。」
にっこりしながらその飲み物を飲む。
「薫子。ちょっとまっててくれてもいいんじゃない?」
機嫌悪く演技して言ってみると
薫子ははっとしたあとにしょんぼりとして
「ごめん。飲みたくてしょうがなかったの。」
と俯く。
その素直さが可愛らしすぎて
「うそだよ、ごめんね、おそくなって。」
と許してしまう。


薫子は最初からあたしになついてきた。
いつの頃からかあたしたちは一緒にいて
もう長いあいだよく時間を過ごしている。

春子
薫子

周りにも仲がいいね。と言われている。


「春子。私ね。」

可愛い薫子が急に顔色をカエル。

こんな時に話される話に
いいことなんて一つもない。
それでも、内容はそんなに大した話じゃないことが多い。

「また、喧嘩したの?」
いつものことでしょ、といわんばかりの言い方になったのが自分でもわかった。

薫子が顔を横に振る。

「春子。私ね。」

顔を上げ、あたしを直視していう。

「春子を殺したい。」




一瞬時が止まって
風とともに動き出す。



「なんて?」


「春子を、殺したい。」




「私ね、春子が大好きなの。
出会った頃から。ずっとずっと。」



「声をかけたのも、だからよ。
春子、全然気づいてくれないから。」




何を言っているのかイマイチわからない。


「春子、聞いてくれてる?」

「う、うん。」

「ね。だから。ダメ?」

「ダメ、とか・・・」



ダメとか、そんなことないよ。



口が滑りそうになった。
薫子が本気なのもわかっているのに
口がそう言いそうになった。


だって

あたしも
薫子のことが好きだから。
可愛らしすぎて
可愛らしすぎて
抱きしめて一つになりたいと思う。


だけどそれは一緒にいないと無理だから。
そんなことをしてしまうと一緒にいられないから。



「薫子。」

「何?」

「あたしも、薫子のこと好きよ。ダイスキ。」


そういって



キスをした。



今度は薫子が目を丸くして固まってしまっている。

と思えば急に泣き出した。
そんな薫子が愛しくてたまらない。


遠の昔に結ばれていた想い。
これからもなかなか認められない想い。


それでも
これからは
それを変えていけたらいい話。

どんな愛も

他と何ら変わり無い。


薄いワンピースが光にあたって肌を魅せる。
それがあたしを輝かせるならそれでいいとおもう。
タイセツナ人を喜ばせられるなら
それでいいと思う。

きっと薫子はまた突然いなくなったかと思えば、気づいたときに隣にいるだろう。
その時にはまた
あたしが輝けるように
ワンピースを着て

街をさっそうと歩けばいいんだろう。
私は常々考える。

本当の父親とはなにか。
本当の母親とはなにか。





血縁、とは一体何なのか。


私はこう考える。

その細胞が分裂するために必要な情報を与えた
遺伝子を共有している、
または関係している遺伝子を持つものの集まり。


血縁とは
ただただそれだけのものだと思うのだ。

たまたまその情報をわけあった人が
結婚という契約を結ぶ、という日本の法律にしたがっているものの間に生まれるものがおおいだけで

つまりはなんとかいっても
法律という
人間としての感情や情愛を無視した決まりごとの上で
固定観念として決められた集まりだということ。


「本当の親じゃないなんて、あのこかわいそう。」

なんていう人は
その法律通りに従ってうまくいった人だけの話。
血縁なんてあったって
ぐっちゃぐちゃになってしまっているひとだって
たくさんいる。
育ててもらった幸せを死ぬまで理解しないで、死ぬまでどうしても理解できないで
終わる人だっている。


自分以外の人生は至上のもので
それ以外はないものとして考えている
視野の狭い、利己的な人の発言。

自分が遺伝子を共有していると信じて疑わない
それが当然だと思っている人の発言。

それが事実なんて
本当に証明したの?
何を根拠にそんな発言をしているの?






それがもし、自分の話だったら

あなたはどうするの。






二十数年、私は木下家の母と父に育てられた。
科学的に同じ遺伝子を持っている母と父だ。

しかしながら私は思う。
もし今、これが全て嘘であって
本当に遺伝子を分け与えた母と父が他にいる
と聞かされたって

私にとってただの話のネタにしかならない。

たとえそうだとしても
この二十数年、物心着いた時から
私のために苦悩し、考え、愛情を注いでくれたのは
間違いなく
私のしっている母と父だ。

確かにどんな人物なのか、
一体どうして今の場所に私が行き着くことになったのか
それがどんなに壮絶な物語であったとしても
一度は聞いてみたい。

それでも

私の母と父は
今と何も変わらない。



「あなたの本当の両親はね・・・」


それはあなたたちですよ


と胸を張って言える。
そしてこの男女のところに私を行き着かせた
遺伝子を分け与えた者たちにお礼を言いたい。


本当の父、本当の母とは
本当に一体何なのか。

「本当の」とは一体何なんだろう。

私はいつもいつも考える。

映画で最近、その話を物語にした広告を見た。
一度見てみたかったがタイミングが合わなかった。

私は今一人暮らしをしているが
猫を二匹飼っている。
彼らはそもそも生物として同じ生き物ではないので
遺伝子情報も分け与えることすらできないのだが

彼らは間違いなく
私の家族である。
私の家族を受け入れられないものは
非常に憤りを感じる。
邪険にされれば私の腹が立つ。
姿が見えなければ心配で心配でどうしようもなくなる。

ペットがいなくなって生きる気力を失う人もいるが
それも当然だ。
自分の家族がいなくなるわけだ。
母がいなくなるわけだ。
父がいなくなるわけだ。
子がいなくなるわけだ。
そうなって何の不思議がある?

それと何も変わらない。

家族、というものの考え方。

血縁が全てなのか?
血縁が本当に幸せを運ぶ絶対なのか?
血縁が本当に「ホントウ」なのか?

血縁を馬鹿にするわけじゃない。
それはきっと生活を営んでいく上で支えになることもないわけではない。
でもそれだけをみて、他を受け入れないというのは
どんなものだろうと思う。



こんなことを日々考えていいたら
全く同じようなことを書いている人がいてびっくりした。
ここにURLを載せておこうと思う。


「本当の父とは」なにか?

これで検索したらそのまま出てきた。

良き時代明治。

家族、とは何か。

大好きな父と母がいて
それで幸せなら
遺伝子の共有がなくたって

私はそれだけで十分だ。

だってこんな私を育ててくれたのは間違いなく
あのお二人なんだから。


そうして
あの映画をみたい。
一度借りてみようと思う。
辛いことや苦しいことがあると
生きている感覚がなくなる時がある。
真泥っこしい感覚。

それはなんとなく日常的な発想。

笑っても、泣いても、怒っても
大声を出しても、黙って見ても、喋ってみても

どこか夢のようで
自分に上の空のような感じで。

カフェインを飲みながらぼんやりと想像して
刺激がほしいと思ったら

一度手首を切りたいと切実に感じる。

痛そうで怖いけれど
一度切れば
このふわんふわんした
気だるい感覚が一気に飛ぶような気がして。


はたまた
車の事故現場をみると
そのときの衝撃を想像して
一度ぶつかってみたら何か変わるかも知れないと
期待にも似た妄想する。


そうして何もできずに鬱々としているときにくる
懐かしい愛人からの電話に誘われて
甘いひと時を過ごしてみたりする。
ワインならぬ芋焼酎を片手に
優しい顔で微笑む姿を見て
何度生きている幸せを感じただろう。




夏を待ちわびるバッタが
ゆくあてもなく跳ね回る土手沿いで
バタッと倒れて空を見上げたのはいつの頃だったか。

心地よい風と
鼻にゆったりと残る土の香り、
そして
目から伝う涙

に理由なんてないと思っていた。

それが私の生きている全てだと思っていたから。


「遥香ー。」

寝転んだまま顎を上げて
地球を逆さまにみた遠くに母の姿が見える。

「犬の散歩よろしくー!」

そう言って家の門の中に姿を消したあと
自家用車が入れ違いに出て行った。

重たい頭を起こして
体を立てたら
下に血が流れて
重力を感じた。


太陽が頂点を過ぎた昼下がり。


まどろっこしい匂いを感じ始めたその瞬間。



その時、
私はどうしていつも泣いているんだろうと
初めて考えた。



何も言わずにそこに座り
相手が喜ぶことを言い
相手が嬉しいと感じる気遣いをする。

そうすれば
私も相手も素敵な一日を送ることができる。


そんなことを考えないで
マニュアル通りの行動をし始めたのは
小学校の高学年に入ってからだったと思う。
演じていたつもりはない。
ただ昔から外面がいいといわれていた。


「そんなつもりじゃない。」


誰も信じないことば。
誰も信じないとわかっていた幼い子供。
犬の散歩をまかされて置き去りにされた小さな子供。


「一緒に行きたかったな。


ねぇ、ポチ。」


顔を舐めてくれるポチが大好きだった。




でも私は
そんな自分が可愛そうだなんて思っていない。
そんな自分も結局は同じ思考回路を持った自分なんだから
私くらいはそんな自分をしってあげようと思った。


「あー!遥香ちゃん!」


反対の道路にいる同級生。
彼女は明日、仲間うちでいうのだろうか。

「また一人だったよ。」






明日、私は田舎へ帰る。
結婚して離婚して、就職して転職して。
なかなか思い出深い東京を離れ
九州の田舎へ帰る。


あの空は変わらずそこにあるのだろうか。
大好きな土の匂いは今も村人に日常を与えているのだろうか。

懐かしい愛すべき私の村。
今の私を作った憎き村。
父と母が眠る尊敬すべき村。

今日20:00の新幹線で
私はここを旅立つ。














死にたいと思うんです。
このまましんでしまいたいと、切実に思うんです。

甘えたいと思うんです。
会いたいと思うんです。

でも言えないのです。

苦しいのです。
胸がつぶれそうなんです。

優しさなのだとわかっても
辛くて辛くてしょうがないのです。
そしてやっぱり自分は価値がないやつだと感じてしまうのです。

迷惑がかけたくないのです。
でも安心したいのです。
辛くさせたくないけど
信用したいのです。
好きでいてほしいのです。
愛してほしいのです。
でも嫌われたいのです。
でもそんな簡単にはいかないので
自ら一人になろうと決意した

いのです。

辛くて
苦しくて
もうめちゃくちゃになりそうで
ひとと会うのが怖くて
しゃべりたくなくて
また自分を握りつぶしてしまいたくて

もうここにいたくないのです。

誰にも理解できないのです。
迷惑をかけたくないのです。
傷つけたくないのです。
だからそばを離れたいのです。

助けてほしいのです。
ずっとそばにいてほしいのです。
だけどそれは無理だから
私はふわふわしてしまうのです。
でもそれもしちゃいけないので
めちゃくちゃになりそうで
でも誰もそばにいなくて

早くつぶれてしまいたい。
みるも無惨につぶれてしまいたい。
楽になりたいのです。
だけどどうにもできないから
苦しくて
お腹もすかなくて
目標もなくて
無駄に時間と酸素を消費して

助けてほしいのです。
うそ。
何て嘘。

虚蜂の空想。

悪夢よりも酷い私。
人を傷つけるだけの私。
不幸にしていくだけの私。

助けてほしいのです。
どうしたいのかわからない。
誰にも理解できない。
一生一人ぼっち。
わかってる。
わかってるから苦しくて
息ができない。
辛くて辛くて辛くて辛くて辛くて辛くて辛くて
わーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
泣き叫びたい。
助けてほしいのです。
壊してほしいのです。
消えてしまいたいのです。



ただでも本当は





幸せにいきたい。

小さい頃から

ほんの少し疲れた時、私は広い田舎の道路の真ん中で

空を見上げるようにしていた。

目を瞑ってじっとして

風を感じたら

体も心も、いろんなあやとりみたいな気持ちも

全部空に吸い込まれて

全部なかったことにできたような

空っぽの気持ちになれる。

そうしたら涙が出てきて

それが空っぽになった容器を

外と中の気圧と水圧が均等になるまで

埋めてくれる。


ここ何ヶ月か、私は夢を見ていた。

すごく幸せな日常があったのだ。

私の周りには人がいて

私が弱りそうになったとき、

倒れそうになったとき、

全部投げ出しそうになったとき、


支えてくれる人が沢山いた。


これは私の中では革命的なことで


アワヨクバ


これがずっと続けばなんて。



でもそんなことはあるわけないと

今まではちゃんと分かっていたのに。

ふと我に返って。


今、足元を見つめると

シロツメグサが咲いていることに気づいた。


ああ、もう五月なんだなぁ。


犬の散歩を最近サボっている。

毎日母親が行っていることさえ

忘れていた。



月日は早いなぁ


なんて悟ったようなことを考えながら

私は土手沿いの道を歩く。

あと500mほど行けば、数え切れないくらいの車と

二足歩行をしっかりと覚えて

それがあたかも当然だと思っているニンゲンが行き交う大通りに出る。


それがすごくコワイ。


理解のできない思念と

心に染み込みすぎる悲しみと

関係ない人まで切り裂く嫉妬と。


それらを全て抱えている計りきれないほどの憎しみと。



遠くに授業の予鈴が聞こえる。

でもそれは私には本当に遠い。

今まだ並んで生えているシロツメグサの白さが

あと二週間ほどすれば茶色く黒ずんでくることを想像しながら

あと300mを残して立ち止まった。



ねぇ。

どうして、人は嘘ばかりをついて生きていかなくちゃいけないの?


ねぇ、どうして踏まれてかれていくだけとわかっていながら

あなたは白い花を咲かせようとするの?


シロツメグサと私の攻防。

どちらも引くことはない。



本当に人を憎んでいるのは

私なのかもね。


本当に人生の意味を知りたいのは

あたしかもね。



お互いに納得して

そして悲しみを抱えながら

それぞれの道を歩く。



「「愛してるよ。

この世の全てのものを。

何一つかけることなく。


この自身の体以外は。」」



デュエットのようにエコーがかかって聞こえた私とあたしの声。


目の前で授業の本鈴が聞こえた。


あと数十メートル。

毎日のこと。

寸分の狂いなく繰り返されていること。


これがきっと永遠に変わらないことなんだろう。


私は駆け足で教室に向かった。


朝起きると

久しぶりにとても爽快な気分だった。

ここのところ、ずっといろんな夢をみて

上手く熟睡できない日が続いていたから

ちょっと嬉しかった。


それでも昨日もずっと夢は見ていた。

いつもと違うところは

最初から最後まで

ずーっと同じ一つの物語だったこと。


しかもそれは現実の続きのお話。


仕事から帰ってきてスーツを脱ぎ

晩御飯を作って

お風呂に入って

そして布団にはいって

最近気に入ってるちょっとした小説を数ページ読んで。

そして名前の知らないダーリンと電話して

楽しい会話をして

「おやすみ。愛してるよ。」

なんて言って眠りについた。


という夢。

とても穏やかな幸せな夢。


だけど、私にはどこからが夢かどうかがわからない。

夢ばかり見る日は大抵疲れ果てて目を覚ますんだけど

今日は全然疲れていない。


もしかしたらあれが現実なのかなぁって思ったりする。


あれが現実なら

私は一刻も早く現実世界に戻りたい。

何の変哲もない生活で

普通のことを普通に幸せだと満足できる幸せを感じたい。


あの彼はいったい誰なんだろう。

私を包み込んでくれるような優しい、愛しい話し声。

低くて知的でちゃんとそこに寸分の狂いなく収まっているような音階の束。


きっと、夢の中の私じゃ満足できない幸せ。


夢の中で一生懸命苦しむから

いつか現実世界に戻して欲しい。

一人じゃないちょっと幸せ。

境界線があやふやになるとすごく辛い。



今日、夢の世界のあいつに電話してみる。

元気?ってはなししてみて

元気だったらちょっと安心してみよう。

元気じゃなかったら一緒に泣いてあげよう。


毎日の繰り返しにちょっと日々を入れたい。


果てしなく広がっていく自分の妄想に

いつか終止符を打てる時がくるのだろうか。


どん、と車のドアが閉まる音がして私は窓の外を見る。


こんな事を言っているけれど

平日昼下がり。

外に見えるビル群の中で

一体何人の人が生きるために働いているというのだろうか。


夕暮れどきになると仕事に飲み込まれ

疲れ果てて家路に着く人々。

家に帰ると家族がいると疑って止まない既婚者の各々。

どうしても楽しみにしていたコンサートが

急な会議でいけなくなり落胆している老若男女。



私たちは成功された社会主義の中で資本主義を歌い

自由と平等という相反する言葉が正義だと信じ

我のみを削り、これが素晴らしいんだと刷り込まれ

正社員という素晴らしい生き甲斐としか思えない枠の中で

全てを捧げ生かされている。


それに多くの人は気づかず

それを幸せだと感じ生きている。



それは私にしたら酷く遺憾なことだけれど

気づかなければそれはそれでいいのかなぁと思ったりもする。



きっとこのビル群の中にも私と同じことを考えている人はいて

ここにあなたと同じ思考回路をもった私がいるなんて夢にも思わずに

今を生きてるんだろうなぁ


と考えながら

手元のブラックコーヒーを飲んだ。


苦くて、涙がでる。

ちょうどこれは気圧の関係で真空になった容器に空気が一気に流れ込むようなイメージ。

そうして外気圧と内気圧が均等になったところで

私の涙も止む。


毎日の繰り返しが

私には無謀に思えて仕方がない。


時計が刻々と過ぎていくなか

私はただひたすらに

もしかすれば何千億光年、いやもっと遥か昔

私たちが想像もできないほどに遥か昔に

同じようなことを考え

同じような服を来て

同じような作業をしていた私のそっくりさんがやっていたかもしれない作業を

時を超え、時代を超えて繰り返し、

同じことをしている。



いつも、いつの時代だって

必ず前に進んでいるのは時間だけ。

私たちは不完全だから。

だから、この真泥っこしい世界を正義だと自信満々に掲げ生きているのだ。


それは私にとって幸せなのだろうか。

頬を伝う涙をなぞってパソコンに向き直る。


ブラックコーヒーがなぜブラックコーヒーなのか。

そこにミルクを混ぜるとなぜ茶色にかわっていくのか。

その理由と意味を知りたい。


私たちは今日も生きている。

全身に脈々を血を流して

体温を保ちながら

環境を破壊しながら

愛想と憎しみを

振りまきながら。


それに鬱々としたり爛々としながら。