第31話/あれ
マウントをとってたたかいを有利に運んでいるジャックが、ピクルの顔面に食らいついて皮をごっそり奪い取る。反撃を許さず、続けて顔面にローキック。ジャックは手を休めない。ピクルの不死身にもおもえる肉体の強さを身をもって知っているからだろう。
高さ的にローキックは強いちからで放つことができる。一流選手であればトン単位の破壊力になる蹴りだ。バット4本を折ることのできた黒澤浩樹は1.4トンの威力があったというし、別のテレビ番組で数見肇や入澤群の下段蹴りを計測したときは2トンが出たように記憶している。計り方にもよるのだろうが、黒澤を計測したときには、野球選手のバットのフルスイングが900キロだったというから、とにかくものすごい威力になるのだ。
普通は決着であり、じっさいピクルも一瞬夢のなかにとんでいる。
わずかなその瞬間にピクルが思い出すのは、たぶんティラノサウルスと思われる恐竜の尻尾の一撃である。強烈な打撃を受けるとピクルはいつもこれを思い出しているから、よほど強烈な体験だったのだろう。尻尾の記憶じたいが似たものとして想起されているのでややこしいが、それはまるで高所からの落下だったという。
ジャックの打撃がティラノサウルスに匹敵する、ということはさすがにありえない。だが、ジャックには技術がある。知能がある。そうしてくりだされる攻撃は、たんなる衝撃力以外のさまざまな要素を含んでいる。たとえば拳や鍛えたすねは恐竜の生身より硬いかもしれない。それが、恐竜では不可能な弾丸的な点の攻撃として、くりかえし襲いかかってくる。そうしたぜんたいを受けて、ピクルはジャックがティラノサウルスに匹敵すると判断するのだった。
もうひとつ重要なことがある。ティラノサウルスはうまかった。だとしたら、ジャックもうまいのではないか?
そんなことを考えているピクルにふたたびジャーマン。ピクルは柵に、上からあたまを打ちつける。ぐったりする彼のどこかにジャックが噛みつき、血がほとばしるのだった。
つづく
ピクルの認識では、強ければうまいということになるようである。
強い恐竜はたいがい大きいだろう。肉食はあまりうまくないと聞くが、ピクルの味覚がどう判定するかはわからない。草食にも強いものはいるわけだが、ぜんたいに肉食が多い傾向があるであろうことはまちがいないだろう。それを、たまたまピクルの味覚がうまいと受け取れば、このはなしは通る。だがおそらくこれはそういうはなしではない。つまり、味覚のはなしではない。強い敵は、孤独なピクルにとってはライバルであるとともに親友である。ピクルには家族の描写がない。おそらくいたとしても類人猿、ピクルは特異中の特異、いわばフリークだったはずだ。見た目もそうだが、その強さと知性も頭抜けていたはずである(と考えると、そもそもピクルの強さは知能に依っていたぶぶんもかなりあるのではないかともおもえる)。
そういうなかで、彼が唯一他者とわかりあえたのが強者との勝負の中においてであった。だから、ようやくわかりあえた他者と、勝敗が決したときに別れなければならないことに泣く。乳児は母親のお乳がすぐに手に入らないという不快を通じてはじめて海のように連続していた世界に太い線を引き、他者の原型を知る。言葉をもつ前から彼には明らかに「他者」の概念があったのであり、それは「別れ」という苦痛を通じて体得されたものだったのである。
こういうことから思い返せば、ピクルの味覚、というか「うまい」という感覚も、他者概念の成立に関わることであったのだろうと推測できる。強さの行使は、わかりあうという快楽を生んだ。しかしそれは同時に、すぐにやってくる別れを含むものでもある。彼には不快のない快がなかったのだ。ではなぜそれを続けたのか?そこにピクルは味覚を見出したのではないか。快と不快がゼロサムの、起伏を呼ぶだけの麻薬的な体験を価値あるものにするため、ピクルのからだはそこに「強いものはうまい」という快楽を発見、もしくは創造したのである。
ふつうに考えたらピクルがこの程度の攻撃でダメージを受けるとも思えないのだが、ティラノサウルスを想起している以上、ジャックの打撃がほんものなのだということを認めないわけにはいかないのだろう。今回どこかをわりと深くかまれたようだが、顔を剥がれて蹴りをくらった直後、彼が夢にみるのは尻尾の一撃で、噛まれたことはあまり気にしていないっぽい。きっと大小問わず年中噛まれていたことだろうし、じっさいべつにどうってことないのかも。すぐ皮膚が再生する特殊体質な可能性さえある。とはいえ、そろそろ反撃してもらいたい。ピクルはこんなものではないはずだから。
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