今週の九条の大罪/第28審 | すっぴんマスター

すっぴんマスター

(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

第28審/消費の産物①

 

 

 

 

「強者の道理」で壬生の壮絶な過去と新キャラ京極が手心なく描かれたかとおもったら、新シリーズである。

 

ちらかった部屋のベッドのうえに、女の子が座っている。前にはお弁当や納豆などが開かれて、わりばしをもっていま食べつつあるところだ。左手ではスマホを見ている。若い女の子の1人暮らしで、ふつうの光景のようだが、彼女の前には男が血まみれで倒れている。死んでいるらしい。背面を何箇所も刺されていて、凶器の包丁は流しに投げ込まれている。尻のあたりにも刺し傷がみえる。男は立った状態で、座った彼女に背を向けており、したからすくうようにまずいちど刺し、そのまま背中を刺して倒し、続けて何度もそれをくりかえしたというところだろう。男は外出する感じの服装で、彼女は部屋着だ。壁には彼女がしているタトゥーのキャラクターと同じ模様もみえるので、この部屋は彼女の部屋っぽい。男が帰宅した直後、なにかが起きて、こうなったのだ。殺してからコンビニにいってお弁当を買ってきたというふうには見えないので、事件のときにはこのお弁当はあったことになる。つまり、トラブルの時点で彼女が包丁をもって料理をしていた、なんて状況ではない。刺そうとして、身近においてあったのだろう。彼女の身体には無数のリスカやレグカのあとがある。ふつう、こういう自傷行為にはカッターがつかわれるが、包丁はどうだろう。傷口はどれも古いもののようだ。少なくとも、絆創膏や包帯は見当たらない。最近つけたような生々しい傷はないのだ。

そのまま彼女は捕まったらしい。九条が面会にきて、はなしを聞いている。彼女は、相手の男を「生き方を変えてくれた人」と説明する。それがおそらく、彼女の自傷行為を過去にした可能性がある。しかし、彼女はやがて「私には商品としての価値しかなかった」と気がついた。それが今回の事件につながった。「自分を取り戻すため」、包丁をとったのだ。

 

彼女がはなしを続け、回想に入る。女の名前は笠置雫という。彼女は、オタク活動をしていたようだが、なんのオタクなのかはよくわからない。彼女といっしょにいる(ようには見えないが、ついていっている)女ふたりの会話に「自担」とか「グッズ」とかいう語がみえるが、これだけではなんだかわからない、が、自担の「香水」ということなので、実物の人間、イケメン事務所的なやつのオタクだろうか。

ふたりの女が路地裏の地面に座って、そこに別の男?もなめらかに合流し、ああでもないこうでもないとやっているが、雫はずっと黙っている。男?がもってきた酒が3本しかないのを見て、雫は帰っていくが、女たちはぜんぜん興味ない。でもいちおう同級生らしい。だが「地雷」でキモイと。偽装包帯をぐるぐる巻くかまってちゃんなのだ。たしかに、腕は服に隠れて見えないが、このときはまだ、いま膝のあたりにまである傷跡は見当たらない。

 

雫はひとりになってムーちゃんという友達に連絡をとる。約束していたようだが、ムーちゃんはまだ「仕事中」だという。始発出る頃に終わる感じだと。ムーちゃんはちょうどいまの雫と同じような傷跡・タトゥーを帯びている。相手の男に「生き方」を変えられるまでの雫の状況は、ムーちゃんによって完成するもののようだ。しかし「仕事」とは?ムーちゃんはいまふつうに路上にいて買い物でもしてそうな様子だ。

 

暇なら出会い系アプリでイケメンと遊んだら?といわれていちおうやってみるが、見たところどこにもイケメンはおらん。だが、奇跡的にひとり見つかる。怖いひとだとまずいから、まず遠くから確認しようということで、雫は待機、やってきた男はほんとうに写真どおりで、開口一番雫の服装を誉めるイケメンなのであった。

 

 

 

つづく。

 

 

 

大雑把にみていくと、まず回想じてんの雫にはレグカのあとはない。少なくとも、目立たない。そこまで深刻な自傷行為はしていなかったものとおもわれる。また、仲が良いわけではないので信頼性という点では問題もあるが、同級生が彼女の包帯を偽装だといっているのも、いちおう踏まえてよいかもしれない。

リストカットなどの自傷行為が行われる動機というか原因はさまざまにある。意地悪な友達がいうように、かまってちゃんの発露として行われることもあるだろう。しかし個人的には、まったく無価値のようにおもわれる、透明のように感じられるじぶんという存在が、痛みを通じてげんにそこに在るということを確認できる、というような心理があるようにおもわれる。

もしはなしの通りなら、この男性との出会いを通じて、彼女は「生き方」を変えることになる。じぶんには存在価値があるということを、彼女はそのとき知ったのだ。もし、回想のじてんの彼女がそこまで自傷行為をしていないのだとすると、男性とのつきあいにおいて、彼女はいちどその領域に入ることになる。これも、個人的には理解できる。男性が、イケメンであるばかりか、ひととして「良いひと」だったりすると、この感じはより強まるだろう。やってきたラッキーな機会をなんの考えもなく受け止めることができるような、サバイバル的には意味のある図太さが備わっていれば、ひとは自傷行為に走ることもない。ひとは、幸福に耐え切れないことがある。価値のあるひとに認められることで、たとえばその得難い人物の貴重な時間を奪ってしまっていると考えてしまったり、実現するはずのないこの幸福な展開がげんにこうして実現しているということは、相手がなにか思い違いをしているとか、あるいはたんじゅんにこちらがだまされているとか、どこかに間違いがあるということであり、それを失ったときの衝撃に備えるようにして、ひとはみずからを事前に損なおうとするのだ。大きな幸福に対し、じしんの存在はむしろ小さく縮小していき、価値を認められるほどじぶんが無価値に感じられていく。そこに加わるのがこの、失った場合の痛みである。表層的には、フロイトのタナトス(死への欲動)とは、いわば「死ぬ練習」である。二度と味わいたくない嫌な経験を夢でくりかえし体験してしまうのは、ある種の備えなのだ。

だが、それも克服できる。それは、価値を認められるばかりではなく、相手を認めることによって達成できるものだが、これ以降は展開的にまだわからないぶぶんも多いので、保留しよう。ともかく、彼女はおそらく、男性に価値を認められることで、いちど自虐的な状況に陥った。このときにおそらくムーちゃんが深く関与してくるはずだ。だが、それは乗り越えられた。これが「生き方を変えてくれた」ということになるはずだ。しかし、状況はさらに複雑になる。ここからもういちど、彼女は世界観を転覆させる。じぶんには「商品としての価値しかなかった」となるのだ。「商品」とはなんのことか? そのようにいうからには、男性は雫を通じてお金儲けをしたことになるが、もっと詩的な意味である可能性もある。というのは、そのようにしてひとの「価値」を認めるという行為に、男根主義的な快感を覚えるものもいるからだ。この「商品」を「ペット」とか「愛玩動物」とかいうふうに読み換えてみればすんなり理解できるかもしれない。イプセンの『人形の家』だ。

 

 

 

 

 

 

まだわからないことが多いので具体的なことはまた次回以降ということで、今回のタイトルは「消費の産物」だ。これまでのパターンはすべて「AのB」ということになり、今回もあてはまる。だが、微妙にゆれはあっても、いままでは、AがBを限定する、というように説明ができたところ、今回はそうでもないようである。その以前から、Aのぶぶんに人物や人物一般が入ったり入らなかったり、一貫してはいなかったが、「B、とりわけAの」というふうに説明することはできたわけである。強者の道理であれば、「“道理”について描きますよ、とりわけ“強者”のやつね」という宣言と受け取ることができた。しかし「消費の産物」はどうもそういう形式になっていない。なかでは「自殺の心境」がいちばん近いが、Aにあたるものが動詞的になることで、全体で文章のようになっているのだ。

この「消費」がなにを指すものであるかも、そのままではお金で読み込んだ商品価値のはなしにおもわれるが、一概には言い切れないかもしれない。だが、いつもとタイトルの様子がちがってはいても、やはりなにがポイントなのかというと、「産物」なわけである。産物は、「結果」と読んでもいいかもしれない。これは、雫のいう「商品」がなにを指すのかがわかれば明らかになる。要するにこれは、「商品として消費された結果」ということなわけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

管理人ほしいものリスト↓

 

https://www.amazon.jp/hz/wishlist/ls/1TR1AJMVHZPJY?ref_=wl_share

 

note(有料記事)↓

https://note.com/tsucchini2

 

お仕事の連絡はこちらまで↓ 

tsucchini3@gmail.com