今週のバキ道/第86話 | すっぴんマスター

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(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

第86話/知らん

 

 

 

 

バキのからだがとろけるジャブで炎が尻餅をついた、ところで、今回は恒例のアメリカ大統領による範馬勇次郎への宣誓である。これまでも、大統領選があって、勝敗が決するたびに、本編の流れもぶったぎってこれは行われてきた。どういうことかというと、それだけ大事だということだ。

 

これはトラムプ前大統領のホテルということになるだろうか。前のときにトラムプが失禁しながら宣誓したのがこんな場所だったような気がする。その、「0000」号室、おそらく通常開放はされていない秘密の部屋のなかで、勇次郎がえらそうにタバコを吸っている。一呼吸でミリミリぜんぶ吸っちゃう感じだ。いちどにふつうは数分かかって吐き出すことになる煙が出てくるわけだから、ものすごくけむい。それにむせるのは、トラムプである。前回もそうだったが、今回も勇次郎は腕や胸に血管を浮かせて、なんらかの方法で筋肉をパンプさせた状態で会談に臨むようだ。

今回で退場となるトラムプがなにをしていたかというと、選挙の不正についてである。どうも勇次郎はふつうに機嫌が悪そうだが、あるいはたんに興味がないだけかもしれない。しかしトラムプはずっとひとりでぺらぺら次期大統領・バイデムは正統な方法で大統領になるのではないということを述べている。あれから4年、それなりに交流も重ねて、トラムプもずいぶんタフになったようだ。

しかし、トラムプの目的はどうもそこにとどまらないようだ。世界はバイデムに陥れられた。ということは、彼は勇次郎もだましていることになると。そうやってこの格闘魔人を焚きつけて、ぶち壊しにしてやろうというつもりなのだ。

 

だが、どうも反応がない。眠ってしまっているのだ。

そこでトラムプは、どういう感情か、勇次郎の鼻を触ろうとするのだった。

 

その部屋に向かって歩いているのがバイデムである。がたいのいい部下を連れたバイデムは部屋の前で気をつけの姿勢をとり、すみからすみまで記憶した宣誓文をもういちどあたまのなかで復唱している。要するに、友好と不可侵の約束だ。大統領に立候補したときからバイデムはこの文言を耳にしていたらしい。失敗すればすべてが水泡に、それどころが生命が危うい、とバイデムはびびりまくりだが、たぶんそんな細部まで勇次郎は聞いてないとおもいますよ。

バイデムは大統領になる前から国家の中枢にいた超ベテランの政治家である。だから、勇次郎のことはもちろん知っていた。超大国と比較されるレベルの腕力が存在するという、ふつうに考えるとあほくさいことが、バイデムでは最初から了解事項になっているのだ。トラムプはあんまり信じてなくて失禁するハメになったからな。

連れの男にいわれてバイデムが戸を叩こうとするが、それよりも先に、勇次郎から入るようにいわれる。そこには勇次郎と、彼にえりをつままれて鼻血を出しながらのびているトラムプが見えるのだった。なんでこうなったのかは、勇次郎も知らんという。「目覚めたら寝てた」と。だから、これをもって帰れと。かわりに、バイデムは宣誓しなくてもよいことになるのだった。

 

 

 

 

つづく。

 

 

 

 

ルーティンとは、内容物よりくりかえしていることそのものに意味がある、ということはこの年末年始に気がついたことだ。ある目的があって、そのために行動が起こるのではなく、まず行動してしまうことで、現実をそこに引き寄せようとする感性である。

もちろん、友好条約には目的がある。勇次郎を敵にまわすのは利巧ではない。いくども作中で議論されてきたことだが、勇次郎は事実として国家レベルの戦力をもっているということ以上に、世界の秩序を保つ意味で重要な存在なのである。たとえば、勇次郎は人工衛星で監視されているので、行動を先読みして、ライフルで狙撃するなんてこともやろうとおもえばできる。そうしないのは、友好条約を結ぶアメリカにとっては利益があるからであり、またそうでない国にとっては、結果として背後にアメリカが備わっているために、リスクのわりにリターンが少ないのである。これは勇次郎じしんにとってもそうだ。もしアメリカが本気を出して勇次郎を殺そうとしたら、負けないまでも、勇次郎だって無事ではすまないだろう。そうすると、バキだ武蔵だピクルだとはいっていられなくなる。それはまた戦場を愛好する勇次郎の望むところでもあるかもしれないが、いまの勇次郎はすっかり丸くなっており、単独の強さを求めはしても、人体の破壊や殺人衝動みたいなことからは、若いころよりはいくぶん遠ざかっているようにもおもえるのである。そうであるなら、アメリカのほうから習慣的にもちかけてくる友好条約を拒む理由もないのだ。

 

そのうえで、アメリカの持ちかける友好条約はルーティンである。勇次郎とは仲良くしたほうが合理的だ、というような検証は、もはやされることがない。くりかえし、就任したものが行ってきたということ、そしてその結果なのかどうかはともかくとして、国家はうまく運営されてきたということ、それが重要なのだ。その意味でビジネスの世界からやってきたトラムプは外部の人間だった。だから、この慣習に疑問をもち、それを終わらせようとして、失禁したのである。

 

これは作中のアメリカに関するはなしだが、物語の構造という点でも、「大統領の宣誓」はルーティンになっている。大統領が新しく決まったのなら、本編がどんなにあつい展開であってもいったん中断し、とりあえずこれが行われるということが慣例になっているのだ。ではそのことによって引き寄せられる現実とはなんだろうか。それは、勇次郎がこの世界の秩序の番人である、ということの確認だったのだ。バキとの親子喧嘩が決着するまで、この混沌とした格闘戦線は、ただひとり、勇次郎によって秩序づけられていた。AがBに勝利し、BがCに勝利したからといって、AがCに勝つとは限らない、それがバキ世界である。こういう世界で登場人物たちは強さを競うのだから、彼らはもっとよどんだ、泥水のような作品世界のなかを泳ぐことになるはずだ。しかしそうならない。なぜなら、彼らは「勇次郎より弱い」という点にかんしてのみでは、共通していたからだ。これが、勇次郎がその存在でもたらしてきた秩序である。

そして、それがまちがいなく機能している、ということが確認されるのが、大統領の宣誓だった。これはなににも増して重要なことのはずだ。それが機能していなければ、いっさいの手がかりもなくファイターたちはどこをみても同じくらいの明るさの深い海のなかにいるように、位置のつかめないものとなっていただろう。少なくとも上のほうを見上げると、海面らしきものの向こうに太陽が見えると、そういう確信があればこそ、彼らはそちらに向けて泳いでいけるのである。

だが、それは徐々に変容していくはずである。なぜなら、親子喧嘩で勇次郎は敗北したからだ。といっても、ふつう想像されるような敗北を喫したものではなく、依然としてやっぱりいちばん強いのは勇次郎なんじゃないかな、という直感が出てくることは否めないが、ともかく、絶対的な存在では、あの親子喧嘩以降なくなったのである。とすればこの世界の秩序はどうなるのだろう。こういうところで、最強の原型としての宮本武蔵や、神話の世界の野見宿禰が出てくることにもなった。これらは作劇上の曲芸だったのである。

 

このことは、すでに前回の大統領宣誓にも見られた景色だった。あれは刃牙道だったからすでに親子喧嘩が終わったあとだったが、そのときの大統領のトラムプは、前任のオズマの言について半信半疑のまま、信じるにしても今回で終わらせてやる、くらいのつもりで、勇次郎の前に立ったのである。これは、トラムプ、というかトランプ前大統領の気質こみの演出だったとおもうが、それにしても象徴的な出来事だった。つまり、勇次郎が絶対であるということを疑うものが、ナチュラルにあらわれてきた、ということなのだ。

 

そうしたうえで今回である。国家運営に精通したベテランのバイデムは、当然、依然通りの慣習にしたがって、宣誓をしようとする。だが、けっきょくそれは行われなかった。くりかえすが、行われなかったのである。むろん、宣誓などというものはただの言葉であり、意味がないといえば意味のないものだ。勇次郎だってまじめに聞いてはいないだろう。しかし、それでもなおそれが実行され続けてきたのは、ルーティンだからである。年明けにとりあえず「あけましておめでとう」というようなものなのだ。それが、今回はなかった。それの意味するところが「あけましておめでとうなどといちいちいわなくても年が明けたことは明らかである」というものである可能性はある。だが、もっと深いぶぶんに、勇次郎の、そして物語の、絶対性の解除のようなものが見て取れるのである。

 

 

ともあれ、歴史に残る混乱を見せた大統領選も、これでようやく決着したのだなという実感が出てきた。そういう意味では、勇次郎は未だに絶対なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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