今週のバキ道/第59話 | すっぴんマスター

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(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

第59話/先鋒戦、決着

 

 

 

 

合気じたいは巨鯨の巨体によって破られた。しかし渋川剛気が負けたわけではない。義眼が破損することによってある意味目覚めた渋川は、巧みな試合運びで巨鯨を幻惑、「痛みで制圧」でも「反射につけこむ」でもない、「痛みによっておこる反射につけこむ」ようにして、巨鯨をダウンさせるのだった。

 

横たわる巨鯨はまさしく陸に打ち上げられたクジラである。意識はあるようだ。

地下闘技場では勝敗の決め方がはっきりしておらず、ファイター同士の同意で決まることもあれば、ふつうにかたほうが動かなくなって終わることもあるし、光成か誰かが勝手にそれを宣言することもある。今回は光成が闘技場におりてきて勝負ありを宣言した。しかし、出すぎた行為(まね)だったかな?と巨鯨に語りかける。わざわざ宣言をしなくても、敗北してしまったことは巨鯨じしんがいちばんよくわかっていると、そういうことだ。

 

案外スムーズに巨鯨が起き上がる。大人と子ども、どころではない、「わりと大きめの成人男性」と「乳幼児」くらいの体重差である。しかし巨鯨はいくども恐怖したという。背中にはびっしり土がついている。力士としても、いちファイターとしても、負けてしまったのだ。

以上のやりとりを実況や観客が受け止め、「決着」がコールされる。歓声と実況の声をうけとめながら、渋川から先に闘技場を去っていく。去り際、渋川は城内に一礼していく。実況は「日本武道の精髄」としているが、これは、そうした慣習的なものというより、ここまでのたたかいと発見をもたらした「場」に対する感謝のようにも見える。

次に巨鯨も去っていく。ひどくショックを受けているとおもうが、実況や観客はあたたかい。合気をちからでくじいたことは事実である。これを実況は「神話的底力」という。いい試合だったといってもいいだろう。が、嵐川理事は複雑な心境のようだ。客は喜んでるからプロとしてはそれでいいのかもしれないけど、負けちゃったんだもんな。

 

渋川を迎えるのは次に試合がひかえている独歩である。巨鯨は合気をちからで返すという不条理を実現した。そういうバケモノがいるのが相撲の世界だと。渋川は震える手を独歩にみせる。恐怖による震えのようだ。そして、独歩のことばを訂正する。「ああいうバケモノもいる」のではなく、「ああいうバケモノしかいない」のが相撲だと。つまり、お前がいまからたたかう相手も、巨鯨よりは小さいにしても、同じくらいバケモノにちがいないのだと、こういう忠告である。

そして独歩もまた手が震えていることを告白する。そんなうれしいことをいわれて、落ち着いてなどいられない。歓喜による震えなのだった。

 

 

 

つづく。

 

 

 

独歩の相手は関脇・猛剣。博士、匠などとも呼ばれる技巧派だ。

だが、例のマイナー選手との対決など読み返してみると、猛剣は技巧よりもそのベテランさ、試合運びのしたたかさなどが大きな特長のようである。独歩と対決というのもそういう点があってこそだろう。

猛剣は、ベテランということで、要するにおじさんなので、ひょっとするとあんまり人気はないかも・・・とおもわせるようなところがある。なんか、観客にはあんまりだけど玄人たちはみんな敬意を払っている、そしてじっさい強い、みたいなキャラクターじゃないかと。そうおもったのはただの勘ではなくて、「選ばれしもの」である力士たちのなかにあって「技巧派」というのが、なかなか興味深いからだ。彼は「格闘貴族」であって、貴族が貧民の生活を想像できないように、貧民は貴族の生活を想像できない。「大きい」という点が結果に直結しやすい格闘の世界で、力士たちは貴族であって、それをさらに彫琢した大相撲の世界は、もはや感情移入のできる世界ではなくなっている。おそらくそれが、当初からぼくが問題にしてきた「見るもの」としてのあの相撲の成立背景につながっている。そのいっぽうで、技術を駆使する猛剣の試合というのは、いってみれば「なにが起こっているのか素人にもわかる」のである。もちろん、目の肥えていないものがノゲイラの試合を見ていてもなにがどうなっているのかさっぱりだろうが、そういうはなしではなく、理解の可能性があるのかどうかということだ。技術である以上、それは身につけることが可能であり、ということは、理論的な理解の果てに理解することは可能なのである。そして、そういう試合は、おそらく人気がないのである。ノゲイラは人気があったけど、それはやっぱり、ガードポジションでのたくみな体さばきとか、相手の呼吸をコントロールするジャブとか、そういうことが注目された結果なのではなくて、最終的には三角絞めとか腕ひしぎ十字固めで相手を倒すであろうことを観客が期待していたからだろう。

 

まあ人気とかそういうことはどうでもいいか。ともかく、猛剣にはそういう普遍性の高い技術が潜在している可能性があり、これは独歩にも通じるところがある。空手は、普遍性の高い格闘技だ。誰でも、大きくても小さくても、男でも女でも老人でも子どもでも、やればやるだけ、“それなりに”強くなることができるのが、空手のいいところである。でも、人気という観点からいえば、このたたかいはけっこう地味になるかもしれない。巨鯨と渋川のようなギフテッド、天才同士の対決にはならないだろうからである。

 

 

さて、どうなることかさっぱりわからず、じゃっかん心配ですらあった地下闘技場VS大相撲の初戦だったが、おもった以上におもしろくて、そのあたりはホッとしたというのが正直なところである。この感じなら以後のたたかいも心配ないだろう。

バキ世界ではよく「視点を変えてみると・・・」的な転回がよくある。たとえば、いまひとつしか例が思い浮かばないのだけど、「ボクシングには蹴り技がある」である。ボクシングには蹴りがない、そんなふうに考えていた時期が俺にもありました、という、あの有名なセリフがある場面だが、要はボクシングとは大地を蹴る格闘技なのだ、というはなしだ。蹴りが威力などを除いて突きよりも優れている点は、頭部と相手の手足との距離をとることができるということだ。その意味では「だからなんだ」ということでもあるが、「パンチもキックもすべて“パンチ”というひとつの解釈のなかにおさめてしまった」というふうにいえば、この意味も少し見えてくるだろう。手技にかんしては、手首や拳のかたさ、つまり握力が耐えられる以上の威力を出力することはできないので、強く大地を蹴ったとしても、じっさいには蹴りと等しいちからを突きがもつということはない。しかしここでいわれていることは、蹴りがないことによるボクシングの不完全さということだったので、そうではないよ、あのパンチには、キックも含まれているのだよ、ということを、バキはいっていたわけである。

今回の渋川による「空中では重量も無関係」ということにも、同様のものを感じる。その真偽はおいて、この柔軟さが、地下格闘技サイドの強みなのかもしれない、ともおもうのである。対する大相撲は、厳格なルールのなかにほとんど美学を見出している。これはこれで強みを引き出す可能性がある。特に猛剣はそのタイプのようにみえるし、逆に独歩は実戦の柔軟さの化身のような男だ。

 

 

ふたりが会場に一礼していったのは、「場」に対しての敬意を表明したものである。少なくともぼくにはそう見えた。勝負を終えたあと、ふたりはほとんど目をあわさない。相手の状態も確認しない。渋川剛気は力士の強さを独歩の前で示しはしたが、客や、あるいは巨鯨じしんの前でそういうはなしはしない。そんなことをしても、敗者の傷口に塩をぬるだけだとわかっているからだ。そして巨鯨も、渋川がそれを理解していることを理解しているのだろう。渋川に特段の礼をせずにいても問題はないということを、彼は知っているのである。ぼくは、あまり勝敗ということには無縁に生きてきたので、なにをいうものでもないが、極真空手の少年部のときに試合に出たことは何度かある。3回出て、1回も勝てなかった。言い訳をさせてもらえば、そのうち2回の対戦相手が同一人物で、毎年優勝している巨大な少年だった。少年部は学年しばりの無差別なので、とてもぼくのようなたいして熱心に通ってるわけでもない色帯がかなう相手ではなかったのだ。しかし残りの1回は、ひとつ級が上なだけで、体格もほぼ同じ少年が相手だった。試合が終わったとき、ぼくは、勝ったとおもった。しかし、判定で負けてしまった。このとき、ぼくはたぶん人生でいちどだけ、敗北の結果として涙を流すことになった。そのときは、相手のことなんか考えたくもなかったし、判定に疑問がとか、そういうこともなくて、ただただ悔しくて泣いていた。こういう感情を、両者はともに理解しているということがよくわかる、紳士的な退場のしかたであるという点を、まずは買いたい。そして、だが、なにか遺恨のあるような試合であったわけでもない。試合じたいは、互いに実りのあるすばらしいものだった。これが、「場」への感謝を示させるのである。これは、この対大相撲という企画がいってしまえば互いにとっての「勉強会」だということとも符合する。ここにおける試合は、勝敗を争うものというより、ふたりの共同作業でより高みを目指す創造物のようなものなのである。それが、今後のことを考えると運よくといったほうがいいのか、成功した。ふたりはそのことそれじたいに礼をしたのである。

 

 

 

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