『かいじゅうのすみか』に行ってきた | すっぴんマスター

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(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

11月25日、東京ドームシティ・Gallery AaMoにて開催中の体感エンターテインメント、「かいじゅうのすみか」に行ってきた。

 

 

公式サイト

https://m-78.jp/sumika/

 

 

 

 

平日なのですいているかとおもいきや、ちょうど来日しているローマ教皇のミサがあるとかで東京ドーム周辺は激混みであり、たくさんのパトカーとともに警備員ではなくふつうに制服警官がうろうろしていてものものしい雰囲気だったが、ドームを囲うあの橋を降りてしまえば混雑はそうでもなく、難なくたどり着くことができた。まあローマ教皇だもんな、しかたない。

 

「かいじゅうのすみか」は、前にウルトラマンフェスティバルに行ったとき、ライブステージのスクリーンなどで宣伝を見かけて知ったものである。おもしろそうではあるが、なんだか、よくわからない。ちらしをよく読んでも、あと絵本も出ているのだけど、それも読んでも、そこに行くとなにがあって、なにができるのか、見えてこないのだ。しかしそれもそのはずである。この企画は最初からうたわれていたように、「体感エンターテインメント」だったのだ。三次元の映像が迫ってきたり、あるいは速度を孕んだアトラクションが身体にスリルを加えたりするような観客受動型ではなく、インスタレーション的な、その空間に存在することじたいがすでに鑑賞者としての達成であるような施設なのだ。

技術的にはパナソニックなど多くの企業が参加しているようだが、よく関係性はわからないが、背景には「かいじゅうのでんき」という、『みんな電力』が提案する自然エネルギーの使用計画があるようだ。それが、スポンサーなのか、それともコラボレーションしているということなのか、なんだかわからないが、ともかく、FIT電気を使用したリーズナブルで自然に優しい電力プランを「かいじゅうにもやさしい」電気ということでおすすめする感じである。

 

 

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我々はそんな具合に、なんだかよくわからないまま、ともかくおもしろそうではあるという感覚で突入していったわけだが、ディズニーだとハニーハントが断然好きなぼくとしては、こうした世界観そのものを構築してそこに入っていく感じのアトラクションはたいへん好ましいのである。会場にはポータルを通って、異次元に行くような流れになっている(原作の絵本もそんな感じだ)。あとでよくホームページなどみたら、触れると変化するものなどもあったようで、もっとよく確認してから行けばよかったと悔やまれるが、真っ暗な会場に目が慣れ始めてくると、ほんとうに異世界に入り込んだような気分にもなってきて、このあたりでぼくはなにもかも了解することになったのである。

最初に見えたのはレッドキングだったかなあ。美術館的に大まかな経路は決まっているものの、怪獣がたくさんいる中央あたりのエリアでは多少入り組んだ構造になっており、見落とさないように注意が必要である。しかしそれもまた、体感型作品の宿命だろう。経路の定まった、与え、それを受け取るだけではこれは成り立たないのだ。

 

 

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そのレッドキングとエレキングは大きなロボットがちょっと遠い位置に配置されて、プロジェクターなどを駆使したたいへんな迫力の反復を見せている。これがものすごくかっこよくて・・・。赤い溶岩のようなイメージのレッドキングと、湖と電気のエレキングの対比もたいへん美しい。すぐそばには階段をつかってのぼるフォトスポットもあって、周辺を一望できるようにもなっている。

レッドキングたちの手前側だったかな、フォトスポットのすぐ下あたりには、マスコット的な怪獣であるムクムクが寝そべっていて、クッションがたくさん置いてあるので、横になって撮影したりもできる。

 

その反対側にはわれらがメトロン星人が夕陽を背景に黙然とあぐらをかいて、インテリジェンスな空気を漂わせている。笑っちゃったのが、会場にはいつも決まった時間にランダムで怪獣が現れるのだが、今回はゼットンだった。もちろんぼくらは時間を把握しており、それも目当てできていたのだが、なにがどこで行われるのかよくわからず、15時からということだけどどうすればいいのか、という感じでうろうろしていたら、スタッフのかたがきて、「あのメトロン星人のあたりに怪獣があらわれるらしいですよ」みたいなことを言って去っていくのである。いや、メトロン星人は中犬ハチ公かよと。じっさい、メトロン星人はロボットではなかったし、じっと黙って動かない印象もあって、目印にはぴったりだろう。しかし、リベラルで皮肉屋でニヒリストのインテリ宇宙人メトロンがなにかものおもいに耽っている様子のところを待ち合わせ場所みたいにしてしまうのは、だいぶ笑ってしまった。

 

 

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そしてゼットン。写真撮影OKなわけで、実質ゼットンの撮影会である。相方の写真も撮ったし、握手もしてもらった。低音ボイス自己紹介と不可解な武者震い的な動きがキュートなゼットンだが、ぼくは長い間、ゼットンの顔をうまく認識できなかった。というか、厳密にはいまもできていないし、たぶんこの感じは、生涯なくならないとおもう。というのは、ゼットンの顔の真ん中には黄色い溝みたいなのがあって、その横にあるくぼみが、目だとおもうんですね。でもぼくは少年時代、あの溝がのっぺらぼう的なほっそい顔だと認識してしまって、あの目にあたるくぼみは、なにかこう、耳かそれに類するものと把握してしまったのだ。じっさいにはあの黄色い溝は、デザイン的にはひょっとするとくちばしみたいな感じなのかな・・・。ともかく、ぼくにはもうそうとしか見えず、だからぼくのなかでゼットンはつねにうつむきがちで、猫背っぽい印象なのである。

いったんメトロンのそばを離れたあと、どこかにいってもどってきたゼットンと遭遇し、びっくりした相方が手をふったら、しっかり、怪獣的な動きで返事をしてくれて、もうなんか、仲間たち親たちファンたちに今日も感謝して歩く荒れたオフロード、ってなっちゃった。

 

 

 

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なかばにもこちらの動きを感知する映像技術によるピグモンエリアはあったのだが(したの写真のように手を振ったら振り返してくれたような気がしたのであとで調べ、勘違いではなかったとわかった)、ロボットのピグモンは探検家ラボを抜けた最後のところにいた。ディズニーと同じく、そのままショップに接続する流れで、直前に記念撮影ができる広場があって、その手前で、なにやらフガフガしゃべりながら迎えてくれるのである。かわいすぎてずっと見ていたかったが、なにしろ最後の出口のところなので、あんまりじっとしてもいられない。たぶんあれを中途におくと回転というか、流れが滞ってしまうということなのだろう・・・。

 

 

 

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「かいじゅうのでんき」という背景にあるプロジェクトもそうだが、ぜんたいに流れるのは異端者への慈しみの感覚である。このあたりのことはウルフェスの記事でも書いたのであとで読んでいただきたいが、ある種の特例を除くと、基本的に怪獣は人間やウルトラマンの原罪のようなものとしてあらわれている。侵略者的宇宙人もたくさんいるが、あのバルタンですらが、当初の目的は地球侵略ではなかったし、彼らが放浪していたのは、核実験で故郷を失ってしまったからなのである。彼らは典型的な人間の鏡としての宇宙人だったが、たいがいの怪獣はもっと、一方的である。ウルトラマンは並行宇宙的な世界観を採用している場合が多いため、設定にかんしてひとくくりにはいえないが、たとえばベリアルが登場した『大怪獣バトル』という映画では、「プラズマスパーク」がウルトラ一族のちからの源となっているが、ベリアルはそれにみせられ、堕落して災厄をもたらす。また真船一雄の漫画では、ウルトラマンのちからの源と怪獣発生の原因は同一である。つまり、ウルトラマンが存在しているということそれじたいのなかに、怪獣は存在しているのだ。けれども、怪獣は駆除される。ここに、ジレンマがあった。このことには、たとえば実相寺昭雄は明らかに自覚的にシナリオを書いており、ジャミラのような怪獣、そして、それに対応した科特隊では科学分野を担当しているイデのあのセリフが出てくることにもなった。前のときにも書いたが、これはニーチェのいう悲劇である。ギリシャ神話に登場するプロメテウスは人間世界に「火」を持ち込み、大きな幸福をもたらしたが、同時に、いうまでもなく、それは不幸を持ち込むことでもあったのだ。この矛盾を生き抜くのが「人間」である。ほんとうにわたしたちは、因果関係に無頓着なまま、ただ目前の秩序破壊者を駆除するだけで満足していいのだろうか。そこに、ジャミラ的葛藤は不要なのだろうか。こういう問いは当然出てくる。この問いのない単純な対立を、善悪二元論という。ウルトラマンやウルトラセブンの時代には、戦争もあり、まだまだこの感覚は強かったとおもわれるが、それでも、製作者は、実相寺監督でなくてもこの感覚はもっていたものとおもわれる。でなければ、いまでもこのように愛されるような怪獣は生れてこなかった。背後にどんな事情があっても、暴れているひとがいれば、警察はその人物を逮捕するだろう。それはしかたがない。問題はその後、イデのような葛藤が生じるかどうかということなのだ。

現代に至るまで、ウルトラマンのシリーズはその面の克服を意識してつくられており、いまでは使役ではなく、怪獣と共闘するような戦士も出てきているし、合体したり能力を借りたりというような演出も増えてきている。これらはすべて望ましい展開である。こういうところに、ちょっとひとやすみできるような感覚で生じたのが今回のプロジェクトなのだ。「かいじゅうのすみか」には人間やウルトラマンの信じる秩序は存在しない。さらにいえば、その無秩序状態をつきつめた、レッドキングが仕切る「怪獣無法地帯」のような状況も、ここからは除かれている。怪獣は、存在じたいが、人間やウルトラマンの存在に含まれている原罪なので、人間世界においては、あらわれた瞬間に相容れないものになる。であるから、彼らが存在を認められる場所、しかもしれでいて弱肉強食にはならない彼らどうし共存可能な優しい空間、こういうものがあってもいいのではないかと、そういう願いが、あの会場からは感じられたのだ。そのあたり、鎮座するメトロンや、プロジェクションマッピングで落ち着きなく動き回るバルタンが見守ってくれているのかもしれない。あのふたりがいれば暴れん坊のレッドキングもそうそうハメはずしてもいられないだろう・・・。

 

イベントは来年の1月26日までやってる。平日だったからかもしれないがかなりすいていたので、気になった怪獣ファンはぜひいってみるといい。そしてぜひ、時間をたっぷりかけて空間そのものを堪能してもらいたい。写真とったら、一回スマホしまって、ぼんやりレッドキング眺めるといい。最高にかっこいいから。

 

 

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