第444話/ウシジマくん30
竹本の会社の専務・よっちゃんは、アイデアマンではあるが抑制の効かないところがあり、獅子谷兄の罠にはまってキメセク写真をとられてしまった。獅子谷に1億要求され、警察にも頼れないよっちゃんは地元の先輩である熊倉に頼ることにする。当時の熊倉はまだ細くて、粋で、たぶん現在の滑皮が「かっこよかったころの兄貴」と呼ぶ熊倉は、このころの姿なのではないかとおもわれる。ヤクザの熊倉は、それでもやっぱりおじさんだから、半グレの恐ろしさをどこまで理解しているのか、微妙なぶぶんもある。脇につくのが若き滑皮であり、彼はヤクザになる前は獅子谷の後輩でもあった。時代はおそらく暴対法が成立した直後くらいで、ヤクザへの風当たりは強い。不良たちからすると、ぜんぜんかせげないヤクザなんかになるより、仲間たちと好きに暴れたほうがいいという風潮になっていたころである。かくして、若い不良たちの道はふたつに割れることになる。半グレとしてのしあがった獅子谷と、雌伏に甘んじ、それほど合理的ともいえないシステムのなかで細々と暮らす滑皮は、それぞれの道の象徴的な人物像でもある。
ヤクザを敵視するという以上にもはやなめきっている獅子谷は、熊倉の呼び出しに応じ、たぶん獅子谷道場で鍛え上げた何人ものマッチョマンをしたがえて、待ち合わせ場所にやってきた。前のときの感想でこのマッチョマンを4人と書いた気がするのだが、背中から描かれたのと正面から描かれたのは別で、つまり8人くらいいるようである。
拉致されそうになったら逆に拉致って殺す、みたいなことを獅子谷はいっていたが、熊倉のほうは横に滑皮をしたがえているだけである。あるいはふたりでそうするつもりだったのかもしれないが、そうだとすると内心焦っているかもしれない。数にかんしては、獅子谷も指摘していて、その態度に滑皮もいらついている感じがあった。これをどうとらえるかは、微妙なところだ。熊倉はヤクザの余裕を表現することで場を制そうとしているようだ。もし獅子谷を確実に拉致しようとしたら、ヤクザも組織としては負けていないのだから、事前に何人でくるのかを調べ、それ以上の数を用意すればよいのかもしれない。しかし、そんなことをくりかえしていてヤクザ稼業は成り立つのかという疑問もある。彼らは戦争のシミュレーションをしているのではない。そう考えると、獅子谷が何人でくるかということは、熊倉には関係のないはなしだったのかもしれない。
熊倉は落ち着いてよっちゃんの動画と写真を寄越せというが、獅子谷はそんなものもっていない。熊倉もちょっとだけスイッチが入って、ヤクザ特有の言語センスで見事にディスっていく。MCバトルだったら観客が沸く場面である。
だが、どう転んでもこちらが敗北することはありえない状況で、獅子谷も余裕たっぷりに応じる。動画と画像を渡したところであっちこっちに送っちゃってるから意味ないと。そりゃそうだ。そうじゃなくても、わたすとしたらなにを渡せばいいのだろう。撮影した携帯電話?
だがここで、意外というか当然というか、獅子谷はあっさりよっちゃんからは手を引くという。数でヤクザを飲み込みたい獅子谷だが、だからといって積極的に戦争を仕掛けることもない、それもたった1億で、ということだろうか。そのかわり頼みたい仕事があると。5体の死体処理である。
獅子谷がいっているのは、すでに死亡している鯖野と、これから獅子谷道場に戻って殺すつもりである丑嶋、柄崎、加納、海老名のことだ。丑嶋は、見張りに残された男にも耳がないことを目ざとく見つけていた。そこで、じぶんが獅子谷を倒すから解放してくれと持ちかけているところである。男は丑嶋が三蔵を砕いたことを知っているようだった。つくづく、あの一撃はこの近辺の不良界では革命的なもので、転じて三蔵ってすごいやつだったんだなとおもうことしきりである。丑嶋は、男にはなにも求めない。ただ目をつむってくれればいい。縄は海老名店長が解くからと。しかし海老名は片手がない。片手がない状態でどのように海老名が縛られているのかはよくわからない。残った手が椅子に結び付けられている感じだろうか。丑嶋は海老名の縄はゆるんでいるというのだが・・・。それはあれかな、片手がなくなったぶん、ということかな・・・。
海老名は、コインロッカーに隠した3億(だったかな)を奪ったのは丑嶋だろ、という。アリバイに甲児をつかっていることも、金があっさりなくなったことも、手際がよすぎる、鯖野との会話を盗聴していたとしか考えられないと。丑嶋はわずかに笑ったようだが、知らないとしらを切る。マジかよこのひと・・・。丑嶋の全能性はシシックを経験したこのあとに身につくのかとおもっていたが、すでに超人丑嶋は完成しているのだった。
面倒になったのか、なにもしなくていいといっているのに、見張りが丑嶋の縄を解いてくれる。自由になったところで、丑嶋は、海老名の縄をほどいている男をうしろからスタンガンで殴るのだった。
海老名は丑嶋をはめようとしたわけである。しかし丑嶋は、彼を病院に連れて行くという。海老名は行かないけど、丑嶋としてはいちおう、海老名には含むものがあったらしい。最後にひとこと、金貸しの方法を教えてくれてありがとうというのである。超人丑嶋の原型はとっくに完成していた。だがそこに、金貸しとして、万物を金に読み換えるものとして肉付けしたのは、海老名なのである。
無事車に乗った3人。獅子谷がもどってくるのは時間の問題で、丑嶋たちが逃げ出したことが知れ渡って警戒される前に獅子谷を襲ったほうがいいという可能性もある。だが潔癖症の丑嶋はとりあえずシャワー浴びて着替えたい。じっさい、こんなにくたくたの状態では、たいがいマッチョマンを従えている獅子谷を相手にするのは難しいだろう。しかも腹まで減っているらしい。動じない丑嶋に柄崎は妙に感心してしまう。
と、ものすごい衝撃で右側のガラスが全部吹き飛ぶ。丑嶋たちの車に獅子谷の運転する車が激突したのである。
つづく。
獅子谷の車は獅子谷じしんが運転している。もし取り巻きの男がひとりでもいたら、それを助手席や後部座席に乗せて獅子谷が運転というのはちょっと考えられない。つまり、なぜか獅子谷はひとりでもどってきたようである。もともと彼らは道場にいたわけではなく、出発するときになって急にわいてきた連中である。熊倉の出方しだいでは出番があるかも、ということで招集された連中なわけだから、それが済んでもといたところにもどっていったということだろうか。しかし、それでは熊倉との話し合いはどうなったのだろう。熊倉が死体処理にかんしてどう応えたかもまだ不明だ。言い値でいいといっているので、金儲けしたいものからしたらチャンスとも考えられるが、熊倉はどうとらえるだろう。なんかちょっとあやしいはなしだと考えるかもしれない。熊倉は、今回の獅子谷のようにハブとホテルで掛け合いをしたあと、金がある場所に連れて行くといわれて、のこのこハブのアジトについてきてしまっている。そういう意味ではうっかりさんだが、今回は滑皮もいるし、このころの熊倉はまだやり手のはずだ。たとえば獅子谷が死体処理の場所に案内するなどといってついてくるとはおもえないし、ここでいったん別れたのではないかとおもわれる。
獅子谷はよっちゃんに1億を要求していた。つまり、この恐喝が成功すれば1億入る。しかしそこにヤクザが介入してきた。半グレの獅子谷としては、ヤクザを飲み込む野望があったとしても、あまりうれしいはなしではないはずだ。それが「まだその時期ではない」ということか、あるいはただくちではそういっているがじっさいのところヤクザに勝てるとはおもっていないということか、それはわからないが、とにかくうれしいはなしではない。もし熊倉が獅子谷を拉致しようとしたら、反撃に出るしかないので、そのために獅子谷はマッチョマンを用意した。ところが、熊倉のそばには滑皮しかいない。これを、獅子谷は皮肉っぽい調子で指摘していた。しかしあれは、逆に考えると、そういう状況、つまり拉致する/されるの状況にはならないことが、ひとめで判明してしまったために残念におもっている、ということだった可能性もある。いくらシシックが巨大でも、すすんでヤクザを敵にまわそうとはしない。でも、もし向こうが攻撃してくるなら、応戦する用意はある。そうなったところで、ヤクザの組織としての厚みはシシックの比ではなく、その瞬間にシシック崩壊のカウントダウンははじまってしまうことはまちがいない。しかし、そういう問題とは別に、獅子谷は熊倉に拉致られるわけにはいかないという短期的な考えも含んでいる。
もし獅子谷が、対ヤクザに必要なものを純粋に「量」(=金、人材)ととらえており、まだいまはその時期ではないと考えているのだとしたら、ヤクザを敵にまわすのは利巧ではない。また、もしヤクザを上回る(と獅子谷が考える)ほどの物量をすでにシシックが備えているなら、駆け引きをする必要もない。目が合った瞬間にぶっ潰せばよい。しかしそうならない。物量で圧倒するぞという気勢を目前にちらつかせながら、ある意味では中途半端に、ただ熊倉の側からの拉致を望んでいるのである。
熊倉としては金の話に加えて獅子谷を殺す気満々だったわけだが、獅子谷はなにをおもったかよっちゃんへの脅迫をやめると言い出す。そして、死体処理をしてくれと付け加える。しかも言い値でいいというはなしだ。だから、仮にここで熊倉が1体1億というふうに言い出したら、獅子谷はすぐに頷いて5億払わなければならないのである。獅子谷がひとを殺すのはこれが初めてではないだろう。これまでの死体処理をどうしていたのかは不明である。だが、その場その場で、急に目の前にあらわれた適当なヤクザに頼んでいた、などとは考えにくい。じぶんなりの方法があったか、懇意にしているヤクザに依頼していたか、ともかく決まったルートがあったはずである。しかし今回は、ほとんど思いつきのように熊倉にこれを依頼する。ここからはいくつかのことが読み取れる。獅子谷はヤクザに敗北するわけにはいかない。かといって現在のシシックではヤクザつぶしはできない。賢く、ここは熊倉にあたまを下げて、もっとシシックの物量が充実するのを待ったほうがよいのかもしれないが、獅子谷はそういう手段をとらない。なぜなら、彼のありようが暴君だからである。シシックは彼の所有物であり、そのルールは、獅子谷そのものである。耳を切られるか腕を斬られるか、それらはシシック内におけるランキングの結果が導くものだが、じっさいのところ彼の気持ちひとつで罰は変化する。彼が犯人だと断定すれば、どんな証拠があっても犯人にされるし、アリバイがあってもなくても、丑嶋は殺されることになっていた。シシックにおける法とは、要するにそのとき獅子谷が何を考え、どういう気持ちでいるかということに大きく依存したものなのである。しかし、これらを暴力で支配する、その彼を相対化するような暴力機構が外部にふつうにある世界で、果たして不良たちは獅子谷にしたがうだろうか。しかもその外部の暴力機構は、不良たちがみずから選んで捨ててきたものである。大半のシシックスタッフは筋金入りの不良だろうし、ヤクザになるか半グレになるか選択したはずである。そういう状況で、けっきょくあの暴君もヤクザにはかなわないのか、ということが周知されたら、シシックは明日も成り立っていくだろうか。
というわけで、ヤクザ打倒を日ごろからくちにしているということもあり、獅子谷はそうした「賢い」方法をとることが原理的にできない。ではどうするかというと、解釈の方法を変えるのである。熊倉が死体ひとつにつき1億といったとしたら、獅子谷は5億金を払うことになる。死体処理はおそらく彼自身の手で可能である。しかしここで、たまたま顔を合わせたヤクザに依頼することにより、面倒な仕事を省いたという体を保ちつつ、そのまま熊倉に屈服していたら要求されていたかもしれない金を払うことができるのである。このままやりとりを続けて、熊倉が獅子谷を殺すつもりがないとなったとき、どういうふうに金が要求されるかというと、それはわからない。カウカウみたいにむりやりケツモチになるか、あるいは逆にシシックの犯罪行為にかんして脅迫するか、はっきりいってなんでもいいし、ザ・ヤクザであるところの熊倉はそういうところは抜け目がないだろう。じっさい、獅子谷は金を払うことになる。しかしそれはケツモチ代や脅迫によるものではない。死体処理の手間賃なのである。金が入る以上、熊倉としてはなにも文句はないだろう。そして獅子谷は、熊倉にわたすことになる金の名目を変更し、解釈を変えることで、シシックの「打倒ヤクザ」なスタイルを維持するのである。
クスリのせいもあってか、獅子谷の顔には疲れも見て取れる。じっさい、こんなことを続けていくのはふつうのバイタリティでは不可能だろう。そして、よくよく考えると、獅子谷がああしてマッチョマンを大量につれてくることには、そしてけっきょくはよっちゃんへの脅迫を取り下げていることには、ゆがみが見て取れるのである。もしヤクザ上等とまっこうから喧嘩する気満々であるなら、よっちゃんの脅迫を取り下げる必要も、もっといえば敬語をつかう必要もないのである。また、もし喧嘩をする気がないなら、マッチョマンを用意してあたかも「喧嘩する気がある」という態度をとることもない。しかしそれはシシックの構造上できない。獅子谷はマッチョマンを用意して喧嘩上等の態度をとるほかない。そう考えると、シシックの構造の弱さみたいなものも見えてくる。シシックは、どうやっても崩壊するのだし、熊倉が拉致しようとしたら逆に拉致しようとするそのなかに、そうなってくれないかな、という願望があるようにおもえるのだ。そうなれば、獅子谷は反撃せざるを得なくなり、シシックの崩壊は現実味を帯びることになる。獅子谷の疲れた表情からは、なにかそれを願っているようなものが感じられたのだ。
海老名は丑嶋をはめたわけだが、丑嶋としては別にその仕返しをしようというつもりはないようだ。それどころか最後にありがとうとくちにする。これは本心かもしれない。もし海老名の推理どおり、丑嶋がなにもかもわかっていて行動していたのだとしたら、超人すぎるし、これはのちの彼の行動そのままである。丑嶋の全能っぷりは、基本的に万物を金で勘定することで成立していたと僕は考えてきた。金は欲望と交換される。だから、丑嶋は金を貸付け、取り立てるうちに、人間の欲望までコントロールしているのであり、結果としてその人物そのものまでコントロールしてきたのである。金にまったくなんの関心も示さないというひとも世の中にはいるが、丑嶋はそういうひとたちのことは無視することができる。金に興味がない以上、カウカウに借りにくることはなく、敵として邪魔になることもない。彼の目線からすればそういうひとたちはいないも同然である。竹本はそういう人柄の究極形だったが、そのぶん、彼は「金に興味があるひと」たちの代理人として立ち上がってしまったのだ。「金に興味があるひと」は、そもそもそうした同類の代理人として立ち上がりはしないのである。
つまり、丑嶋は、金が支配する限りにおいて、金を管理する立場に立つことにより、神の視座、全能の立ち位置を確保してきたのである。おもえばこれは海老名が授けた技法だったのである。中学生のときから彼には超人の資質があったわけだが、これを肉付けして具体化させたのが海老名だったのだ。だから海老名たちの計画を見抜かせて、なにもかも掌のうえという状況を作り出した今回のこれも、皮肉なことに当の海老名が肉付けした技術だったのである。
獅子谷の車には獅子谷しか乗っていない。だがうしろから子分や熊倉たちがついてきていないとも限らない。どうなるかはわからないが、もし獅子谷がひとりだったら、丑嶋たちはもうやるしかない状況であるのだし、ここでなにもかも決するかもしれない。ただ、直感的には、ついさっき、はじめてその手でひとを殺した滑皮がなにかしそうな気もする。影もかたちもない甲児は、おそらくその状況を誤ってとらえているのかもしれない。
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