第424話/ウシジマくん⑩
獅子谷という新キャラの登場で、現在の丑嶋は危機に陥っているが、獅子谷と丑嶋は因縁深いようで、必然的に描写は回想にうつっていくのだった。
コマ外のコメントによれば、これは10年ほど前のはなしだということである。柄崎と加納は18のときから闇金をやっているというはなしだから、そうすると現在の彼らは28以上ということになる。「10年ほど」という言い方でもあるし、作中での証言ではないので、あまり重視するのもアレだが、とりあえずこれでサザエさん的に濃厚な1年を過ごしているわけではない(丑嶋が23のままではない)という、ほぼ明らかだったことだけははっきりした。
少年院から出てきた丑嶋を柄崎が迎える。車には加納もいる。加納は、現在(・・・)と同じ髪型になっているが、まだあのもじゃもじゃの髭は生やしていない。柄崎はこのころから社長に(人間として)惚れているので、頬を赤らめている描写などあるが、加納は気持ち遠い感じがある。いろいろ背景もあるだろうが、もともと彼はちょっとなに考えてるのかわからないというか、不思議ちゃんなところがあったから、じっさいいまもなんにも考えていないのかもしれない。
柄崎は退院祝いに歌舞伎町の焼肉屋を予約しているというが、丑嶋はそれをそっこうで断る。予約はすでにしてあるというのに、丑嶋もなかなかひどいが、ひとりになって考えたいことがあるのだそうだ。まあ、柄崎的には丑嶋が懐かしくてしかたないかもしれないが、丑嶋のほうはようやく自由になれたという感じだろうし、ちょっといまはわいわい騒いだりという気分ではないとか、そんなこともあるのかもしれない。
残念だがそれはしかたない。そのかわり柄崎は、じぶんらが働いてる金融屋にこないかと誘う。来ないかというのは、いっしょに働かないかということだ。てっきり彼らふたりで営業しているのかとおもったが、そうではなくて、何店舗も抱えているかなりできるものが背後にいて、そこに属しているという感じのようだ。その社長が獅子谷という。悶主陀亞連合で滑皮より前に総長を務めていた男だそうだ。滑皮と聞いて、丑嶋は「嫌なやつだったな」と丑嶋は感想をもらしている。このところはちょっと微妙な反応だ。これも作中の証言ではなく、編集のコメントだが、今回の冒頭の見開きには、「少年院に入るきっかけは⑱~⑳集『ヤミ金くん』編に!」という具合に記されており、前後の描写からしても丑嶋はたしかに三蔵のあたまを砕いた結果逮捕されて、いまはじめて出てきたところのようである。果たしてあのときの丑嶋は滑皮と面識があっただろうか。編集部のコメントを無視して、仮に丑嶋が、三蔵のあたまを砕いて逮捕され、退院してからまた別の罪で服役していたとしよう。そうすると、この間に丑嶋は滑皮と顔を合わせていたのかもしれない。しかしそれはそれで不思議な感じもする。ヤミ金くんで描かれた彼らはたしか中二だったので、14歳くらいである。いま描かれている回想の場面では、彼らは18歳以上だ。柄崎が以前語ったときには、18歳から闇金をはじめたとしかいっていなかったので、これが19歳である可能性もある。いずれにしても、そのあいだは4、5年くらいしかないわけである。また、身長の問題もある。柄崎も加納も、丑嶋を見てまずじぶんたちよりでかくなっていることに驚いている。もちろん、16歳くらいでも人間はまだ背が伸びるけど、もし14歳で少年院に入って、たとえば16歳くらいで出てきて、その時点で全然小さかったものが、2年くらいで下手すると40センチくらい伸びるというのは、ちょっと不自然な感じがする。どの点にかんしてもありえないことではないので、なんともいえないのだが、やはり三蔵の件で少年院に入っていま出てきたと見たほうがなにもかも自然なのである。とすると、あの中二の時点で丑嶋は滑皮と面識があったことになる。あの回想で滑皮が登場したのは、戌亥が地元のヤバイの三人ということで鰐戸三蔵、愛沢と並んで、当時モンスター連合の総長だった滑皮の名前をあげたときだけだ。転校してきた丑嶋はすぐに柄崎ともめていて、腕っ節と度胸を認めた柄崎が、加納がさらわれた件について協力を求め、結果丑嶋は少年院行きとなった。丑嶋には悪い交友関係を築くひまさえなかったのである。いったい丑嶋はどこで滑皮と顔を合わせたのだろう。これにかんしても、ありえないことではないので、なんともいえない。丑嶋が柄崎たちをしばいたのと加納がさらわれたのとのあいだには見た目よりけっこう時間があって、その間にどういう状況だか想像もつかないが、丑嶋は知り合わないまでも滑皮を目撃したのかもしれない。
その滑皮はヤクザになっている。丑嶋はここではじめてそれを知ったのである。
丑嶋は、母親の知り合いのどこかの社長に世話になる予定のようだ。面会にもよくきてくれて、身元も引き受けてくれたうえ、済む部屋も用意してくれたようだ。丑嶋がかつて住んでいた、おそらく祖父の家には、彼はもう帰らない。というのはそのおじいさんは死んでしまったからである。
ともかく、そういう事情だから、金融屋はできない。丑嶋はふたりに礼をいい、柄崎たちもまた(食事に)誘うといって、その日は別れたようである。
知り合いの社長のおじさんは、カタギのかなりまともなひとのようだ。なにものなのか、丑嶋の面倒をきちんと見る気があるようで、いろいろと世話を焼いてくれる。丑嶋も、鳶田たちが滑皮にとるような徹底的に敬意を払った態度でこれに応じ、とりあえず部屋に向かうことになる。
柄崎が予約していた焼肉屋には戌亥もきている。ひょっとして戌亥はコレ、もういまの仕事をしている感じだろうか。少なくとも大学生には見えないな・・・。
鰐戸三兄弟は地元ではおそろしい存在だった。とりわけ狂気の三蔵は猛獣みたいなもので、街中の不良が関わり合いになるのをいやがっていた。それを、中二の丑嶋は粉砕した。もはや地元では丑嶋の名前を知らないものは誰もいない。会いたがっている不良は大勢いるし、獅子谷や猪背組のものたちでさえ紹介しろといってくるらしい。丑嶋は「なめられないため」に、躊躇なく三蔵のあたまを砕いた。その行為は彼の計画通り不良たちのあいだに浸透し、誰も丑嶋をなめるものなどいないのである。おそらくこの影響力はいまも持続している。もちろん、いまの不良たちが「バカ!あれ丑嶋さんだぞ・・・」というとき、三蔵の件が思い起こされているわけではない。下手するといまの不良は鰐戸兄弟のことを知らない可能性さえある。しかし、彼らは、兄や、兄の友人や、ヤクザをやっている先輩などから、丑嶋のはなしを聞かされてきたはずである。ぜったいにかかわるんじゃないと。結果としては、三蔵のことを知らないものにとっても、丑嶋のおそろしさというのはむしろ大きく膨らんで伝わっていったのである。影響力というのはそういうものである。
しかしそれを聞いて戌亥は「だから帰ったんじゃないの?」と的確に言い当てる。戌亥の髪の毛はこれ、寝癖じゃないよな・・・。いま以上に戌亥は眠そうな顔してる。
戌亥は柄崎以上に丑嶋と付き合いが長い。丑嶋がそういう感じのノリが嫌いなことをよく知っているのだろう。それを聴いてちょっと柄崎の機嫌が悪くなったためか、戌亥は別のはなしをふる。いまは獅子谷兄弟が勢いあるんだろと。この「いまは」というのは、鰐戸三兄弟にかかっている。彼らが中学生のときは鰐戸兄弟が強い影響力をもっていた。それを砕いたからこそ、丑嶋は伝説の男となりえた。三蔵が誰もがおそれる狂気の男でなければ、こういう状況にはならなかったのである。しかしいまは獅子谷兄弟の影響力が強いようだ。
用意してもらった部屋に入って、丑嶋はホカホカのお弁当を堪能している。少年院での生活がどのようなものかわからないが、丑嶋のふるまいにはやはりどこか規律が感じられる。もともと潔癖症だし、少年院がほどこす矯正のあるぶぶんはむしろ丑嶋にとっては自然な行動だったのではないだろうか。それともアレかな、少年院で他人と共生するうちに潔癖症になったとか、そういうことかもしれない。おじいさんの汚い部屋をそうじする場面こそあったけれど、電車のつり革が触れないほどの潔癖さは、おもえば中二の丑嶋にはまだなかったかもしれない。
新しく張り替えた畳などにどこか感動しながら、丑嶋は今後の生活について考える。が、そこでなにかに思い至る。外に出た丑嶋は、公衆電話から、竹本優希に連絡をとるのだった。
つづく。
また例によってヤミ金くんの回想場面が入っているコミック(18集とおもわれる)が見つからないので、うろ覚えで書くけれども、鰐戸のもとに向かうにあたって丑嶋は竹本にうーたんを預けている。なんにもない部屋でふとんやカーテンなどをそろえなければ、などと考えていたところで、まっさきにうさぎのことを思い出したのだろう。うさぎは丑嶋にとってなにも考えないでいられる領域なので、生活に必要なものであると同時に、うさぎは生き物であるから、そちらのほうの生活も同時に考慮して部屋のなかを設計しなければならないのだ。
というわけで、いまはもう会えない、おそらく登場することはないであろうひとたちが次々と登場する、読者にはうれしい展開となっている。加納の存在感が全然感じられないのが気になるが、もともと加納というのはそういう男だったし、加えて、考察したようにこれが三蔵の件のあとなのだとすると、加納が最後に丑嶋に会ったのはおそらく彼に石でぼこぼこに殴られたときである。そのあと加納は鰐戸にさらわれ、ひどい目にあったわけだが、おそらくそれで入院かなんかして、目をさましたときにはすでに丑嶋は捕まっているわけである。だから、加納からすると微妙に気まずいわけである。柄崎みたいに男どうしの言葉を介したやりとりがあって、共闘したわけではない。いきがった不良どうしとして喧嘩して、敗北し、おそらくその直後今度は鰐戸にさらわれ、気づいてみたらその相手に救われていたわけである。もう何年もたっているとはいえ、加納からしたらどういう表情で会えばいいかわからないという感じだろう。もはや丑嶋伝説が一人歩きしていることのほうが重大なので、柄崎もそんなふうには考えないのだろうが、とはいっても加納からしたら存在感を消したいような状況なのである。
今回は獅子谷が兄弟であることも判明した。兄のほうは滑皮の先輩ということだから、丑嶋たちとはずいぶん年が離れている。前回丑嶋と獅子谷はタメではないかと書いたが、コメントでご指摘いただいた通り、彼は丑嶋たちの後輩であるようだから、いま丑嶋と対峙しているムキムキのほうは弟である。この回想の時点でも16歳くらいになっていると見ていいだろうか。すでに滑皮は暴走族の総長を退いてヤクザになっているので、タイミング的にはちょうど弟が再びモンスター連合を仕切っている感じかもしれない。
ヤミ金くんは丑嶋の過去がはじめて描かれた、トータルのウシジマくんの物語でみたときに非常に重要なエピソードだが、当時はこの「ヤミ金」ということを暴力の経済として読んでいた。鰐戸たちも闇金的な仕事をしてはいたが、それは彼らの行っていたことの一面でしかなく、いまぼんやりとした記憶のまま思い返してみても、中心にあったのは冴えない貧困ビジネスだった。彼ら不良・元不良は金を支配し支配されているが、金以外にもうひとつ、彼らの立場を決定するものが暴力である。とりわけ丑嶋のような闇金業では、暴力はふるわれないことでその価値を発揮する。このひとに逆らったらどんな目にあうかわからない、という債務者たちの未来予測によって、丑嶋たちの取立ては滞りなく行われることになるが、このとき債務者たちは丑嶋の抱えている暴力の大きさを読み取って勘定することで行動を決めているのである。この暴力はもちろん行使されることもあるが、基本的には相手が予測することのくりかえしによってその大きさを決めていくことになる。誰もがある人物の暴力を大きいものと判定することがくりかえされれば、行使されない場面に限れば、じっさいに貨幣としての暴力は大きなものとなっていく。ハッタリが大きな意味をもつという点でいえば、フリーエージェントくんたちが金持ちアピールをしていたことと質的にちがいはないわけである。
多くの不良たちがその暴力を大きいものととらえれば、次にその勘定をするものも同様の手順をとる可能性は高くなるし、ましてやその、以前に勘定を行ったものが「目利き」であった場合、その情報はより強固になっていく。おそろしい兄や先輩が「あいつはヤバイ」といえば、みずからが育んだ不良的な度量衡をあてがうまでもなく「ヤバイ」ことは確信されるのである。しかし、ときにその暴力はじっさいに開示されてしまうことがある。鰐戸は、見るからにヤバイ三蔵を抱えることで、伝説に伝説が重なり、誰も関わりたがらないレベルにまでなっていた。ところが、これが丑嶋に打ち砕かれてしまった。鰐戸からすれば、「誰に」打ち砕かれたかは、この時点ではあまり重要ではない。多くの不良たちが、鰐戸の抱える暴力がおもっていたほどのものではなかったと、今度は低く見積もりはじめてしまうようになっていったことのほうが重大なのである。これが、丑嶋が竹本に語った「なめる/なめられる」ということである。ひとことでいえば、なめるということは相手の抱える暴力を低く見積もるということであり、なめられるとは低く見積もられるということなのだ。だから、極端なことをいえば、じっさいに彼らが抱えている暴力の量がどのくらいであるのかということは、たいしてかんけいない。まったく無意味ではないが、最重要ではない。げんに中二の、まだチビだった丑嶋があの当時の鰐戸三兄弟より暴力の貨幣の量で勝っていたとは言い難いだろう。問題はどうやってなめられない文脈をつくっていくかという、ずっと戦略的なことなのである。
こんなふうに当時はヤミ金くんを読んでいたが、シリーズ全体においてこれが真に暴力の経済として動き始めるのは、この事態に丑嶋が加わり、彼が新たな伝説を帯び始めたときからである。鰐戸には丑嶋は死神みたいな人物だが、じっさいの貨幣がそうであるように、暴力の貨幣もまた「なめる/なめられる」という、幻想のなかにしか存在しない。要するにそれは戦闘力とは異なるのである。だから、鰐戸にかんして見積もりが誤りだったと周囲の不良たちが考えたとしても、そのぶんの差異にあたる暴力は消滅してしまうわけではない。暴力の経済は、ものを価値以上の値段で売れば利益が出るという重商主義的な考え方に近いが、この意味で世に存在する「暴力」の量は常に一定である。この世界(つまり地元)に満ちている暴力の総資本は不変であり、ただ刻々と居場所を変えていくだけだ。ではもともと鰐戸が抱えていた暴力はどこにいったのかというと、むろん丑嶋のもとである。
ふつうのカタギのひとたちは、こういう、なめるとかなめられるとかいうことを気にして生活しはしない。だが不良たちにとってこれは大きな問題であり、ヤクザともなれば死活問題となる。なめられたらおしまいだという丑嶋に対し、当時の竹本優希は「おしまいからはじめたら?」といっていた。つまり、なめられきってみてはどうかというのである。優希はなにからなにまで謎めいていた人物で、この発言もよくわからないのだが、その後の彼のふるまいをみると、社会的なしがらみからはずれてみてはどうか、という提案と受け取ることもできる。金への執着も、なめる/なめられるの暴力の経済も、他者との関係において何者かであるその先に生じてくるものだ。このいっさいをあきらめて、すっぱだかの個人として本質をさらけださないと、そのひとのなんたるかはわからないと、おそらくこんなようなことを優希はいっていたとおもわれるのである。しかし丑嶋は裏社会で生きていくために(という決意があったのかどうかはいま考えるとよくわからないのだが)なめられない行動をとろうと努力し、成功した。そうした時点で、もう彼はこのゲームから逃れることはできない。丑嶋が焼肉屋にいくのを嫌がったのは、戌亥にいわせれば彼を伝説あつかいするような連中とわいわいしたくなかったからである。この時点での丑嶋はどうもカタギで生きていく気のようだが、おそらく周囲はそれを認めないだろう。丑嶋はすでにゲームに参加してしまっている。彼が抱えている暴力の財は甚大であり、少年院にいるあいだにさらに膨らんでしまったことだろう。また、この時代には獅子谷兄弟が新しく台頭し始めている。これもまた、各所で暴力を吸い上げて、大きく膨らんだ「成金」なのである。現状では丑嶋は闇金になっており、獅子谷弟は丑嶋を憎んでおり、さらに、どうも獅子谷兄の姿は見当たらない感じである。なにがどうなったらそういう状況になるのか見当もつかないが、どうやら丑嶋がそのゲームから逃れることはできなかったらしいということは、まちがいないのである。
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