星組東京公演『こうもり/THE ENTERTAINER!』 | すっぴんマスター

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(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

MUSICAL


『こうもり』
…こうもり博士の愉快な復讐劇…
-ヨハン・シュトラウス二世 オペレッタ「こうもり」より-
脚本・演出/谷 正純

“ワルツ王”と呼ばれる、ヨハン・シュトラウス二世の傑作オペレッタ「こうもり」。名曲の数々で彩られ、今なお世界中の人々に愛される作品が、北翔海莉を中心とした星組メンバーにより新たに飛びっ切り愉快なミュージカルとして甦ります。
19世紀後半のウィーン。ファルケ博士は、親友のアイゼンシュタイン侯爵と共にエリザベート皇后主催の仮装舞踏会に出席。その帰り道、調子に乗って泥酔したファルケは、彼を持て余したアイゼンシュタインによって大通りに縛り付けられ、そのまま一夜を過ごすこととなる。“こうもり”の扮装のまま朝を迎えたファルケは、街中の笑いものとなり、“こうもり博士”の渾名を頂戴する羽目に。自業自得とは云え怒りが収まらないファルケは、アイゼンシュタインに対する愉快な仕返しを考えた。個性的な登場人物が織りなす、虚々実々の駆け引きをお楽しみ下さい。

ショー・スペクタキュラー 『THE ENTERTAINER!』
作・演出/野口 幸作
「究極のエンターテイナー」北翔海莉率いる星組の魅力を余すところなく見せる、華麗多彩なショー作品。
日常を忘れさせ、観客に最高の感動を与える者「ENTERTAINER」をテーマに、ジャズ・クラシック・ポップスなど様々な名曲を現代的にアレンジし、心躍る場面の数々で構成した新時代のエンターテインメント・ショーをお届け致します。
なお、この作品は野口幸作の宝塚大劇場デビュー作であり、宝塚大劇場公演では第102期生が初舞台を踏みます。




以上公式サイト より






星組東京公演『こうもり/THE ENTERTAINER!』観劇。6月17日13時半開演。


LOVE&DREAMの記憶も新しい北翔海莉率いる星組の本公演を観てきた。今年はこれに加えて宙組のシェイクスピアと、真風さんのヴァンパイア・サクセションを見ているわけだが、これはちょっと前までは考えられなかったことである。というのは、僕らの観劇は基本花・月・雪が基本で、星と宙は、金銭的な問題もあるし、よほどの場合でなければ我慢するのがふつうだったのである。それが、今年ももう半分をすぎるというのに、逆転しているわけである。それについてはまあ、ふつうに公演の順序がそうであるということと、雪組るろうに剣心を見にいけなかったというのがあるわけだが。


しかしじっさいのところ、前星組トップのグレート柚希の実力と魅力を認めつつも、好みというものは当然あるわけで、タイミングの問題ばかりでなく、この北翔海莉と妃海風のコンビがもたらしているものは大きいわけである。うたのうまいひとというのは探せばそれはいるけれども、しかもコンビでここまでのレベルでうまいというのは控えめにいってもごくまれといってよく、生で生きている人間が目の前でうたい、そして踊るという宝塚の当たり前の演目披露の仕組みをこれほど得がたいものと感じたのは非常に久しぶりのことなのであった。ディズニーと宝塚の名曲を星組メンバーがうたいまくるただそれだけといってもいい例のラブ&ドリームも、観劇時の感動はそのままに、購入したDVDをくりかえし見ていまでもそれを反復している。また、個人的な直感としてはやはり柚希礼音の影響はいまでも太く組に残っており、群舞ひとつとっても基礎体力がケタちがいで、いやないいかたになるがその枠に稀有のうたいてであるふたりがカチリとはまった計算になり、こんなとんでもないことが可能になっているのだと、今日の公演を見てもつくづく感じた。柚希礼音もまたエンターテイナーとしてのみずからのふるまいを自認しており、演目からもそれは強く感じられたが、たほうで北翔海莉もたいへんなエンターテイナーで、それでいて両者のもっている華の種類がぜんぜん別のものであるということもおもしろい。柚希礼音については、語れるほど芝居を見ていないので、あくまでイメージにとどまるわけだが、少なくとも北翔海莉は、宝塚のトップスターの典型としての「生活感の欠如」からかなり遠い人物である。「すみれコード」というのは、具体的には芝居などで直接的な性の描写などを避けることを指すが、原理的には、このタカラジェンヌの生活感のありかたについての構造のことだ。これらは『宝塚・やおい、愛の読み替え』という本の受け売り、乃至援用なのだが、タカラジェンヌ独特の、「そこにいないのにリアリティがある」フェアリー的ありかたを成り立たせるのが、愛称と本名の間にある溝であって、これをわかつのがすみれコードなのである。タカラジェンヌにおいて私生活におけるたとえば彼氏とか、それにまつわる具体的な気配が欠けているのは、それが本名の領域に封印されているからだ。しかしそれでいて彼女たちが身近にも感じられるのは、芸名の前に愛称という「虚構の素の姿」があるからである。

しかし、北翔海莉の「生活感」はただごとではない。もちろんすみれコードは相変わらず北翔海莉の知覚にも厳然と存在するし、このひとの本名の領域が開示されているわけではないのだが、皮膚的に、わたしたちはほかのスターではありえないような距離の近さを感じ取るのである。これはもちろん、錯覚である。それは、「みっちゃん」と呼ばれ、また名乗るときの北翔海莉が作り出している方法的な、タカラジェンヌとしての生活感でしかない。ではどうしてこういう感覚が生じてくるのかというと、それはむしろ、愛称と本名の関係性ではなく、愛称と芸名の関係性によるものなのである。つまり、ふつう宝塚ファンは、各種メディアを通して愛称のタカラジェンヌに接することで彼女たちの「虚構の生身」を感じ取り、芝居を含めて立体的に受け取っていくわけだが、たとえば舞台をおりて、ナウオンステージと呼ばれる、演目について出演者と語り合う番組などをとるにあたって、ややリラックスして芸名の衣装を取り払い、愛称のじぶんとしてそれを語る、というような段取りを、たぶんこのひとはとらないのだ。格闘家でいえばいつでも臨戦体勢でいる武道家タイプとでもいえばいいだろうか。うたの技術ひとつとっても、たんにスキルとしてあとからとりつけるだけではなく、ソウルフルに肉体と直結しているので、そのような段階を踏む必要がないのである。

それはあのフリースタイルのチャンピオンも顔負けの、無限に出てくるアドリブのアイデアなんかとも関係しているだろう。もちろんこのひともふつうに舞台人なので、次の役柄に関係することをその場その場で勉強したり修得したりしていくのだが、基本的には、ボクサーがボクシングのルール内におけるたたかいかたを修得するのとはまた別に、いつどんなときに危険が襲ってきてもいいような訓練のしかたをする武道家のように、肉体にじっさいに生きている広い知識と経験がもたらすものこそが役柄にリアリティをもたらすという直観が、おそらくあるのである。トラックの免許をとったりとか、なんのためにそんなことをするのか、というようなことをこのひとはよくやっているらしいが、それもこれも、小学生が必要不必要にかかわらずさまざまな基本的知識をいろいろな角度からつめこまれ、それがわたしたちをふつうの人間、いっぱしのオトナにするように、愛称と芸名の距離をかぎりなく近づけるための心構えのあらわれなのである。これはそれが役者として正解であるとかそんなはなしではなくて、たぶんタイプの問題だろう。


「こうもり」はそんな北翔海莉ありきといってもいい作品で、よく知らないが、古いオペレッタということで、冒頭からどことなくその笑いのセンスに古臭さが感じられても、なれてくるとそれが標準になってくるのはいつものことだ。しかし、どこからどこまでがアドリブなのかほとんどわからないといってもいいような本作の器の大きさは、このひとじしんの器の大きさが伴っていなければとても不可能であったろう。もちろんそれだけではなく、本作の成立には星組そのものの基礎体力の高さもかかわっている。とりわけ紅ゆずるは、主演以上に本作に必要不可欠な人間だった。北翔海莉があんなべらべらアドリブかまして余裕で打ち返せるのって、現状、全タカラジェンヌ見回しても紅さんしかいない気がする。個人的には、学年も学年だし、もう少し正統的な役をやらせてもいいんじゃないかというおもいはあって、はじまってすぐ「またこういう感じの三枚目か・・・」という感じでちょっとがっかりしたんだけど、現実的にいって紅さんがやらないで誰がやるのかってはなしなわけですよね。そして、その紅さんをはじめとして、星組全体が、北翔海莉のソウルフルなムチャ振りにしっかりついていっている感じがあったのが驚異的で、あんなカリスマのあとでやりづらいぶぶんもあったろうに、新トップも星組メンバーもしっかり仕事をこなしているさまが感動的だったわけです。


それから妃海風がかわいくて・・・。「どうせ娘役でしょ」といわれるのがこわくて、特に娘役についての好みを語るときは、例の抑圧が生じてくるのだけど、しかしかわいいのだからしかたない。なにしろそのうたごえの美しさよ・・・。主演に負けず劣らず、こうもりでは信じられないくらいレベルの高い歌唱を見せていたが、なんでも初日まで出ない音があったそうで(原曲のキーでやってるのだそうだ)、あんなにうたのうまい妃海風でも出ない音があって、しかもそれを初日に間に合わせたということがもう素人の僕には複雑に驚愕なわけだが、なによりそこまで高い声がまったく耳障りでないということが信じられないのである。もとの声がマイルドなせいなのかな・・・。デュエットのときなど、うたもダンスも息がぴったりで、非常にあたまがよく、男役をたてるしぐさといい、華奢だが鍛え抜かれた身体といい、男役主導のこの世界における娘役の鑑といってもいいような、北翔海莉にとってもたいへん重要な存在にちがいないのである。


こうもりは、ああいう作品だったので、作品の分析とかではないかなというふうにおもう。うえの文脈でいえば、なにしろ愛称と芸名の近さを表出するための高度さな作品といってもよくて、上演が成立しているということじたいがもう成果なのである。ショーの「THE ENTERTAINER!」は大劇場公演デビューの野口幸作という若い先生の作品で、これもまた北翔海莉の存在を最初から意識した複製のできない作品である。とにかくトップが出ずっぱりで、ワンマンな感じもないではないが、それだけのバイタリティが北翔海莉にはあるし、うるさい感じは特にしない。これはこれでいいのではないかとおもう。


そういうわけで、熱く語らずにはいられないトップコンビに出会えて幸福感でいっぱいではあるのだが、ふたりはともに退団を発表している。トップになった以上、いつかは退団するのは自然なことである。しかし僕のようなライトなファンは、けっきょく深く下級生などを追うことがないので、トップになってはじめてその魅力を知り、そのときにはもう退団が決まっている、というようなことになりがちなのである。残念だが、せっかく好きになったので、最後までしっかり応援していきたい。






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