今週の刃牙道/第45話 | すっぴんマスター

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(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

第45話/武器






烈海王が神心会本部で稽古している。というか、稽古をつけている。相手は寺田・・・だったかな。克己によくついていたひとだ。ふたりの組手を大勢の黒帯門下生が見ているのだ。


まず左上段廻し蹴りが顔面に当たる。こうちょいちょい出てくるところを見ると、寺田もけっこうな実力者なのだろう。喧嘩ならともかく、空手のルールなら加藤と互角くらいにはいくんじゃないだろうか。全日本最高成績が3位で世界大会でもベスト16入りしたことがある本部指導員、くらいじゃないかな。

烈は突き出された拳を受けるが、次に出た跳び膝をもらってしまう。しかしなにか様子がおかしい。効いてないようなのだ。寺田ももちろんそのことに気づいている。当てたのに砕けない。あんなにごつい体格なのに感触はまるで羽毛(はね)だと。


次に放たれた右のカギ突きを体勢を落としてかわし、烈の拳が腹にめりこんで寺田は昏倒。組手は終了した。


これを踏まえて、前回登場した郭海皇がホワイトボードに「消力」と書いて門下生たちに解説する。骨を、肉を、皮を鍛え上げることで、人間が鎧のような肉体を身につけられることはみんなよく知っている。しかし郭にいわせればそれは高級技ではないという。郭自身100年前まで、つまり40代なかばまで筋肉を追究することにすべてを費やしてきていたわけだから、若い門下生たちがそれに気づけないのもむりはないというところだが、ともかく、技にはその先がある。海皇は小さな羽毛をとりだす。これになればよいと。寺田の感じたものは正しかったのだ。


筋肉、骨、腱、神経に至るまで、体の奥深くに居座る「強ばり」をすべて抜きさる。抜けていくにつれて、肉体はやがて氷嚢の融通性を帯び、半紙の頼りなさに近づき、やがて羽毛になると。海皇の表現はなんか詩性さえ感じられてくるような美しいものだ。日本語で話してるっぽいけど、だてに140年も生きてないな。

羽毛にまで到達すれば、そこにはもう肉の壁はない。弾丸だろうとミサイルだろうと意味なく通り過ぎるばかり。

郭がその羽毛をうえに吹き上げ、背中から抜き出した刀で斬りつける。すごい速度だったので、羽毛は一時的に刃にへばりついたようになっている。しかし切れていない。やがてもとの状態のままひらひらと落ちていく。真に羽毛化が成ったのなら、このように刃物すら通じないと、そういうおはなしなのであった。





つづく。





烈はこのはなしを聞いてなにか反応している。


そもそもこの特別稽古みたいのはなんなのか?たまたま郭が、烈から知らせを受けて日本に来ていたので、ついでになんか教えていってくれないかと、克己にたのまれたんだろうか。そうだとすると、この稽古それじたいは、烈の武蔵への挑戦とは無関係なのだろう。そして消力が対武器においてもつかえるというところにいま反応しているのだ。

というかそもそも烈があっさり消力をつかっているのもちょっとびっくりだ。勇次郎戦で郭がつかっていたときは、あんな強力な打撃を前にしてあそこまで脱力するにはじぶんは若すぎる、みたいなことをいっていた。あるいは、克己の音速拳と同じで、演武として行うことじたいは難しくはなかったが、実戦で柔軟につかうことはできない、くらいのことだったのかもしれない。それはいまもたいしてかわらないが、寺田が相手ならできると。それに、たしかあのとき、烈は郭の脱力を見て、まず消力だと指摘し、「しかもすごいレベルだ」みたいなことをバキにいっていたような記憶がある。ということは、消力にもレベルがあるということになる。それこそそれは、氷嚢であり、半紙であり、羽毛であるのだ。はなしの流れからして郭は羽毛レベルに達している、あるいはその領域が見え始めているというところだろう。寺田の感想はともかくとして、烈はまだそこまでには達していないということも考えられる。つかえるにはつかえるが、そこまでの「レベル」ではないのだと。

しかし消力が究極レベルにまで達すると刃物すら意味をなさないというのは本当だろうか。弾丸やミサイルというのは「表現」としても、刃物・・・。ほんものの羽毛がもしあのように斬っても本当に切れないのだとしたら、それはなんというか、切れる前に刀によって運ばれてしまうからのように思える。斬る対象には、物体である以上「抵抗」があって、切れる切れないを決定する閾値のようなものがそれぞれある。それを超えれば切れるし超えなければ切れない。だから日本刀でもそっと当てれば切れないし、思い切り振って接触しても同じ速度・同じ方向に動けば値は発生しないから切れない。羽毛の、なんというか芯のぶぶんは、感覚的には、半紙よりむしろ硬そうな気がする。しかしそれでいて圧倒的に軽い。だから、抵抗がしかるべき値に達する前に運ばれてしまう。そんなふうにおもえるのだ。しかし人間はもっとずっと重い。重さはそのまま抵抗になる。脱力することで余計に抵抗を増やしてしまうようなことはなくなるが、体重という抵抗は残ってしまう。したがって、消力が成れば刃物も通用しないということが本当だとすると、そのことによって体重さえも消してしまっていることになる。でも、それはそうかもしれない。郭が高級技というほどのものである。おそらく、たんに脱力しきることそれじたいを消力と呼ぶのではないのである。脱力を基本にして相手の攻撃の威力をすべてゼロにする、それが守りの消力なのである。たたかいの局面では、あらゆる方向から、さまざまなかたち、さまざまな威力の攻撃がおそいかかってくる。それに対して「脱力しきった一個の物体」になるだけでは足りない。脱力しきっていっさいの抵抗を抜き去ったさらにそのうえで、技に応じて、残った体重がもたらす抵抗をも消し去るように動く、それが消力なのではないだろうか。



とはいえ、そのように体重ゼロの羽毛化が可能だとしても、厳密なことをいえば、たとえば刃を真ん中にあてがった羽毛を宇宙ロケットくらいの速度で移動させたなら、細い毛にかかった風圧というか負荷の合計が閾値に達し、切れてしまうようにも思える。郭がどういうつもりでこんな稽古をしているのかはわからないが、これがふつうの特別稽古だとすると、やはりこれは「表現」である可能性が高い。武を志すふつうの若者に向けて語られた、「厳密なこと」や「特殊なこと」を捨象した、消力を一般化した説明にすぎないのである。とすると烈はまさにその「特殊なこと」にあてはまる対武蔵について、この講義から自分宛てのメッセージをくみとるべきではないかもしれない(郭は烈宛てに説明をしてそうではあるが)


烈は天才なので、いま消力がそこまでのレベルでなくても、3日で郭が何十年もかけて到達した領域にいきそうなところがある。しかし生兵法は怪我のもと、相手は武蔵の刀なのであるから、よけれるならよけたほうがいい、とおもう。





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