第17話/覚醒
ついに武蔵が目を覚ました!しかし今週は前回描かれなかった花山と勇次郎の描写からはじまる。
光成を通して勇次郎を呼び出した勇次郎。おもいのほかおだやかな勇次郎とふたりは歩き出すが、やがてへんなポイントで以前のようにキレだす。退屈していたというはなしだが、だからどうだというのだと。親子喧嘩以来面が割れてしまったということでつけていたサングラスをみずから握りつぶす。
その様子を見て周囲のものが声をあげている。たんに異様なふたりが異様な雰囲気になってることに緊張しているのかと、最初に読んだときはおもったが、どうもそうではない。サングラスをとったせいで、あの親子喧嘩の父親のほうだということが判明した、というリアクションらしい。そんなことがあるか・・・。勇次郎ならハリマオみたいなかっこうしてたってわかるぞ。
とりあえず花山は無礼を謝る。しかし勇次郎のほうも、歩こうといったのはじぶんだったと認め、なんか怒りを撤回している。
そこに、色紙とマジックペンをもった青年が。子どもかとおもったけどよく見るとヒゲがはえているし、勇次郎がでかいだけみたい。「オーガセンセイ、サインを」と。勇次郎の鋭い眼光で青年は失禁してしまう。最初から震えているので、こうなることはじぶんでもわかっていたはずである。しかし、それでいいのである。勇次郎は人差し指で色紙の真ん中を貫き、取り込み中なのが見て分からないかと、そのまま十字を切って色紙を四等分してしまう。それで、それが、いいのである。青年はうらやましがる周囲のものに色紙を見せびらかす。
花山はそれを見て「お優しい」という。やめろというのに、花山は次々と褒め言葉を重ね、勇次郎を怒らせようとしているようにしか見えない。じっさい勇次郎はちょっと怒るが、以前とはまるでちがう。
と、特に緊張するでもなく、花山が拳を鳴らし始める。長引かせる理由もないと。髪を逆立てた勇次郎は先にこいという。それで五分だと。仮に花山の打撃をまともに勇次郎が受けてくれたとしても、五分にはならないとおもうが、少なくともはじまりにかんしては、同時か、どちらかが先に攻撃するかの3通りしかないのだから、それでフェアになると、そんな程度の意味だろう。花山もまた勇次郎には敬意を払い、じぶんは彼より格下だと認めたうえでこの勝負にのぞんでいるので、遠慮する理由はない。上体を限界までひねった例の素人パンチの体勢になり、いよいよ花山対勇次郎が開戦するのだった。
さて、ついに目覚めた宮本武蔵。目覚めるなり武蔵はそばにいた寒子の顔をわしづかみにする。あんまり加減しないで握っているようで、寒子の顔がメリメリ音をたて、からだも浮いている。
そして、寝台の逆側に科学者たちがいるのに気づいて寒子をそちらに放り投げる。
もつれて倒れたホナーたちが気づいたときにはすでに武蔵は寝台を離れ、背後にまわっている。そして、はじめてくちを開く。「その方ら・・・」と。
「命までは取らん
正直に解答(こた)えられよ・・・」
魂と構えと鼓動が一致した武蔵は、あの自画像のような姿で立ってホナーたちに問い始めるのだった。
つづく。
今回はよかった。すごいわくわくする回だった。まず武蔵の顔がいい。狂っているような、いかにもちがう世界を見ているような感じの顔なんだけど、すべてを射抜いて見透かすような鋭さも眼光には含まれている。また体つきもいい。もちろん筋骨たくましいのだけど、無駄なものいっさいはぶかれた戦闘用のしなやかな肉体という感じがする。しまっているというわけでも、また必要な筋肉が必要なだけついているというのでもない。ホナーたちの言ではけっこう大柄ということだったけど、立っている姿を見るとむしろ小さく感じる。そして、なにかそのことがたいへんな脅威のように見えるのである。これは、どうしても計量的になりがちな強さ議論へのアンチテーゼとなるかもしれない。ちょうどフルカラー版を読んだところなので思いついたのだけど、ドラゴンボールに登場するセルの完全体に近いものがあるかもしれない。トランクス戦でセルはたんにパワーアップするだけでは意味がない、という主旨のことをいい、それを別の場所で悟空が、スピードが殺されてしまうから攻撃があたらない、というふうに広げていた。それまでスカウター主義というか、戦闘力で能力をはかることに慣れてきたので、その発想はけっこう斬新だった。スカウターがなにをもって人間の戦闘力をはかっているのか不明だが、もしそれがたんにパワー、一発の破壊力ということなら、おそらくあのときのトランクスのほうがうえなわけである。でも、そんな攻撃ではあたらないし、あたったところであるいはスピードも遅いわけであるから、威力もむしろ落ちている可能性がある。そうしたパワーだとかスピードだとか精神力だとか、いろんな要素がもっとも高いレベルで均衡をとっている状態、それが、ドクター・ゲロの構想した「完全体」というものであった。だから、完全体になったセルは負ける要素がないはずである。それが負けた理由は、ふたつ考えられる。まず、ドクター・ゲロの計算が間違っていた可能性である。しかしそれをいうとはなしがはじまらないので、少なくとも彼の理論のうえでは計算は正しかったとして、では考えられるのはそもそもその理論がまちがっていたということである。その理論の誤りかたも2通り考えられて、ひとつは「完全体」というものが存在不可能だということであり、もうひとつは、パワー、スピード、精神力・・・という具合にひとつひとつ項目をあげてそれらがもっとも高いレベルで均衡を保つ場所を探す、その項目じたいが足りていなかったということである。セルは怒った悟飯に敗北するのだが、その後さらにパワーアップして復活した。すでに完全体であったはずなのにパワーアップをするということは、それは模型にすぎないものであり、それの相似形でありさえすれば、さらに強力な「完全体」は想定可能だということになるかもしれない。しかし、それもまた敗北する。まだまだ小さな模型にすぎなかった、と見ることはできるが、おそらく「項目」で強さを点検するところに、セルの、そしてドクター・ゲロの失敗があったのではないかとおもわれる。たとえば花山薫でいえば、家業で背負っているものとか、強いものとして生まれてしまったプライドとか、他のものからすrば邪魔にしかならないものが強さの要因だったりするわけで、「項目」はひとそれぞれ、本人にさえカウントの難しいものばかりなのである。
が、武蔵の立ち姿には、なにかドクター・ゲロが理論上追い求めた「完全体」のナチュラルな完成形のようなものが見えるようにおもう。ずいぶん脱線してしまったが、オリバのように巨大な筋肉でも、勇次郎のように硬そうな筋肉でもない、動く武蔵に身体にへんな感動を覚えるのは、そういうところに理由があるようにおもえる。
武蔵はホナーたちになにを訊ねるのだろう。命まではとらないといっているので、多少怒っているような感じがある。そもそも、彼はどこまで記憶があるのだろう。死んだ魂なのだから、肉体は32歳でも、精神は亡くなったときのものであるとおもわれる。ある意味人間が必ず通過する、「老人の精神に若者の肉体」を実現したわけだが、その記憶は残っているのか。わざわざ魂をおろして「本人」にしたわけだから、残っているのだろうけど、では霊体時代の記憶は残っているのか。寒子は幾度か彼を降霊したことがある。とすれば知り合いのような関係に近いものとおもわれるが、でも武蔵は状況をあまりわかっていない様子である。ことばで説得し、本体に移動してもらったというようなたんじゅんなはなしではないのだろうか。
武蔵のほんものの鼓動が響く。こちらもたいへん興奮させる展開で花山と勇次郎のたたかいがはじまったが、この鼓動はおそらく彼らにも届くはずである。とすれば、花山のパンチが放たれない可能性はかなり高い。花山は「勇次郎とたたかいたい」のか、「退屈をまぎらわせたい(それには勇次郎とたたかうしかない)」のか、果たしてどちらが強いだろう。もし花山が鼓動をきいてパンチをとめれば、後者ということになる。そのとき、やはり勇次郎の絶対性が失われたことが完全に示される。地上最強であるところの勇次郎は、存在するすべてのものの「かわり」ができるものだった。「わたしたちにできて勇次郎にできないことはない」、彼と彼以外の人間の関係をひとことでいえば、そういうところだった。したがって、鼓動がきこえようと、強者の存在が感じられようと、それらはどれも勇次郎の占めるぶぶんに含まれる、勇次郎には再現可能な反復でしかなかった。それを、優先させる。どんなにチャーリー・パーカーが天才で、即興音楽でやれるすべてのことをやりつくしたとおもえても、ふつうはチャーリー・パーカーとキャノンボール・アダレイは重なるところがないから、パーカーをきくことで同時にアダレイをきいたことにはならないわけである。花山がパンチをとめれば、そういう、当たり前の状況にバキ世界がなったことが示される。もちろん、それはバキ世界というよりわたしたちの住む現実世界のルールに近い。くりかえすように宮本武蔵は、バキ世界ではなく「わたしたち」の世界の住人である。だから、寒子がその気になれば(彼女は生きているものの魂も操作できるので)、わたしやあなたが(寒子のからだを借りて)勇次郎の前に立つことも可能なのである。僕は嫌ですけど。
ともかく、武蔵はいわば現実原則をまとってバキ世界に降臨したことになる。それもこれも、親子喧嘩を経由して絶対が消失し、勇次郎が輪郭となって縁取り閉じていた世界が開かれた結果である。どうあれバキに感謝しないといけないだろう。これからは勇次郎が敗北することも(理論上)ありえるのだから。
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