今週の闇金ウシジマくん/第312話 | すっぴんマスター

すっぴんマスター

(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

第312話/中年会社員くん③




仕事や家庭やキャバクラや浮気でいろいろと忙しい加茂は、眠そうに出勤する。そこで、ちょうど花丸部長といっしょになる。このひとは、曽我部によれば、加茂が彼のよくない噂を流していたという人物である。部長部長と加茂は呼ぶが、加茂の属する人事部の部長なのか、それとも以前まで曽我部と所属していたインターネット事業部時代の部長ということなのか、よくわからない。しかしまあ、ほんとうに加茂が曽我部を蹴落とすために工作活動をしたのだとしたら、ふつうに考えて人事部なのだろうし、現在の加茂の直接の上司ということになるだろう。

加茂は上手に会話をすすめる。よく日焼けした顔を見て、ゴルフですか?

などといって、「あなたのことをよく見ていますよ」とアピールする。しかしこの言い方だと、なにか話すのが微妙に久しぶりという感じもする。たとえば毎日顔を合わせている人物にこんなことをいったら、逆にそれまでぜんぜん気付かなかったとか、あるいはぜんぜん会話してなかったとかそういうことになってしまう。まあ、この日が月曜日で、土日はさんで「日焼けしましたね」ということなのかもしれないが。しかし加茂は、最近お酒のほうはどうかというふうにも訊ねる。これもなんかへんではないだろうか。僕は会社人ではないので、会社の飲み会みたいのがどんな頻度で行われるのか知らないが、加茂の言い方はなにか他人事である。となると、やはり花丸部長というのはインターネット事業部時代の部長で、いまはべつの部署で部長をやっているのかもしれない。


まあそれはあとでわかるだろう。重要なことは花丸部長が加茂にとっては上の立場のものであり、ご機嫌をとるのにしくはない存在だということである。

若いひとたちがオジサン上司の飲み会の誘いをあっさり断る、というはなしはよく聞く。もちろん、飲み会は仕事ではないし、強制でもないので、オンラインゲームをやるからという理由で参加しないものだっている。でも、それはそれでさびしいはなしである。まあこの問題は深入りしてもしかたないのだけど、個人的には「酒を飲む」という一択しかないというのが問題なのかもしれない。


そういうわけで花丸部長は、部下に気をつかう習慣のようなものがついてしまっている。けっこうつきあいの長そうな加茂を酒に誘うのもおそるおそるといった感じだ。もちろん加茂は断ったりしない。


さて、他方の要領よく立ち回れない男代表の曽我部である。今日も曽我部はキャリア開拓部の椅子に座っていたずらに時間をすごし、上司にちくちくいわれている。配属されて3年にもなるらしい。要するにはやく仕事を見つけてどっか行けということである。何も成果を出さないでよく座ってられるな、といわれて、仕事を与えられない状況でどうしようもないと曽我部は返す。仕事はつくるもの、と上司はいうが、ほかの部署で開拓した仕事を奪われ、また戻されたじゃないですかと応える。仕事はしようとしたらしい。そして結果も出した。しかしそれは横取りされて、けっきょくまた同じところに戻ってきたと、そういうことだろうか。つまり、どうやっても「成果も出さないくせに」という会社側の言説が成立するようにできているのである。じっさいに出そうと出すまいとかんけいない。上司は「可愛くない」という。成果を出していないからではない。いうことをきいてさっさと転職しないからである。


家に帰って曽我部は床にうずくまって泣いている。周囲にはベビーベッドとかベビーカーが広がっている。そこへ奥さんの恵がやってきて、頂き物のたい焼きを食べようということになる。恵も曽我部が泣いていることに気付いたはずだが、特に触れない。

曽我部は仕事について、奥さんには、残業をしてはいけないことになったから定時で帰ってきている、ということになっている。だから時間内でやるべきことをやらなくてはならなくて疲れているんだと。奥さんはどこまで察しているものか不明だが、やはり特につっこんだことは聞かない。残業で毎日終電でもいつも起きて待っていてくれた優しい奥さんである。

恵はお腹が痛いという。排卵期かもしれないと。曽我部はそれを子作りに誘っているものと受け取るが、どうだろう。曽我部はその気にはなれない。だから奥さんのお腹を撫でてあげる。


ふたりのあいだには、いちど子供が授けられた。しかし流産してしまったらしい。恵は友達の晴子の子育てのはなしをする。じぶんたちの子供が生きていれば同い年で、いま晴子の子は小学生だというから6年以上も前からこんなふうに赤ちゃん用品を置きっぱなしのようだ。恵は、それらのものをもう捨てないかという。捨てて、曽我部の書斎にしようと。それらが想起させるなにか後悔の念のようなものが夫をだめにしていると、あるいはそう判断したのかもしれない。しかし、また涙を流しはじめた曽我部は、このままがいいという。


さて、約束通り花丸部長と飲みにきている加茂だ。なんか立ち飲み屋みたいなところだ。部長はじぶんの悪い噂を耳にしたことはないかと加茂に訊ねる。要するに、以前のようには部下が一緒に飲んでくれないので、不安なのである。加茂によれば以前から評判は悪かったようだが。

で、今度は逆に加茂が、曽我部からなにか聞いたことはないかと訊く。じぶんの悪い噂話とかしてないかと。いちおうそういうのはないようだが、なんだこの部長の表情は。


店を出て、もう一軒行こうということになったふたりだが、通りすがりに加茂は路地裏でいやなものを目にする。取立て中の丑嶋とマサルなのである。

相手は老人で、なにも食べてないアピールに丑嶋の残したコーヒーのシュガーを飲み込む。孫のミルク代もないという男から、丑嶋は容赦なく3万円徴収する。




「金が全てじゃねぇが、



全てに金が必要だ」




おお、新しい名言が出た。


容赦ない丑嶋の所業にマサルも引き気味だが、しかし丑嶋によれば、あれは演技だという。それに、パチンコ屋から出てくるとこも見ている。丑嶋的には遠慮はいらないわけである。


加茂は一連の取立てを目撃して引いているが、もちろん、きちんと返済しなければ加茂のもとにも丑嶋はやってくるのである。



つづく。



キャリア開拓部とはいったいなんだろうか。そういう部署は、日本の会社にふつうにあるものなのか。会社人ではない僕には想像もつかないが、まあ、あるんだろうな。


会社がそれを、たとえば財産ととらえるか、無用の長物ととらえるか、それはおいたとして、キャリアというのは基本的に個人に属するものだろう。したがって、キャリア開拓部というのはそこに属している人間に向いたものである。まだ拓いていない、その人物の未知なる可能性を開墾しようと、部署の方針としてはそういうことになるだろう。これを会社側からみたとすると、会社は人間の集合体だから、そこに属している何人かの新しい可能性が開かれるということは、そのまま会社の新しい可能性が拓かれていくことにつながっていく。原理的にはそうなる。だが、曽我部のいるところではそういうふうにポジティブには機能していない。曽我部じしんが、おそらくもともとの部署の存在理念にしたがうものとして、新たな仕事を開拓したのだが、それは他人にもっていかれてしまっている。つまり、会社としては「新しい可能性」が生じてくることは好ましい。けれどもそれが「キャリア開拓部」にいるような人間の手によるものであってはならないのである。いまできること、手持ちの「キャリア」で可能なことはすべて封じられ、上司によれば「つくるもの」であるらしい仕事でさえ奪われて、曽我部はもはや会社内でなにもすることができない。というか、構造的に「なにもするな」という指示が下っているのである。しかし、それでいて、上司を通してあらわれてくる会社の言説は、「なぜなにもしないんだ」というものである。これは「ダブル・バインド」というものではないだろうか。なにもしなければ「なぜなにもしないのだ(なにもしないで平気でいられるのだ)」と恫喝され、ではと、なにかをしようとすると、すべきことがなにもない、あるいはじぶんで発掘しても、じぶんがなしたこととしては認められない。なぜ曽我部がそんな状況になっているか、理由は複合的だろうけど、ひとことでいえば「加茂のようにはふるまえないから」ということになるだろう。曽我部は比較的直球人間であり、理想を追い求めるタイプであり、論理を重視する、どちらかといえば合理的な人間である。「仕事を与えられない状況で成果を出せといわれましても」というようなもっともな「正論」を流暢にくちにしてしまう人間なのである。そして、それが彼をいまの状況にしている。逆にいえば、会社は、そのような合理的解など必要としていないということである。

ダブル・バインドを仕掛けられたものは、絶句する以外選択肢がない。今回の上司とのやりとりも、ほとんど会話としては成り立っていない。なぜ会社に貢献しない→仕事がないから→仕事はつくるもの→つくったけど封じられた→うるさい、可愛くない。貢献しないなら辞めてくれ・・・という具合なのであり、要するにこの会話は、最後の「辞めてもらってかまわないんだぞ」というぶぶが最初から決定しており、そこに至るやりとりはなんの意味ももっていないのである。つまり、この会社のキャリア開拓部の目的は、曽我部のような合理的な人間の「理」を封じて絶句させ、「辞めてくれ」という提案を受け容れさせるところにあるのである。

そんな会社とはとっととオサラバして、新しい場所でばりばり働こうとするのもひとつの選択だろう。けれども曽我部ではなかなかそこにすすめない。彼には「キャリア」が捨てられないからである。何年ものあいだ蓄積させた、彼固有の記憶というものがあるからである。曽我部の妻・恵は子供を流産している。それ以前までの幸福な記憶や、あったかもしれない幸福な将来にとらわれる曽我部は、妻からすすめられても、まだベビー用品を捨てられない。もちろんこれは、彼の「キャリア」へのこだわりと呼応している。ベビー用品を捨て去ることは、誕生することすらなく流産してしまった赤ちゃんや、そこにいたるまでの夫婦の道筋、そして、そのとき見えていたはずの明るい未来などを捨ててしまうことのように、曽我部は感じているにちがいない。もちろん、ベビー用品を捨てることが赤ちゃんを忘れることと同義のわけはないが、その感じは痛いほどわかる。そして同時に、キャリアをあっさり捨て去って新天地に臨むことも、彼にはそれまでの彼自身を否定することのように感じられているにちがいない。


そうして曽我部は、彼を彼たらしめている過去の事象にとらわれ、前にすすめない。花丸部長はむかしの曽我部しか知らないはずだが、それでも、彼を「暗い男」と形容する。それ以前から、その傾向はあったようである。


対する加茂は、表層を重視した軽い男である。彼が必要とすることは事実だけであり、そこにいたる過程、論理、つまり物語を、彼はほとんど顧みない。曽我部では、人間というものは、記憶の蓄積によって内側から構築されるものであるかもしれないが、加茂では、その瞬間の周囲との関係性によって柔軟に変化する。というより、それもまた、社会人としてやっていくために加茂が習得したスキルなのだろう。現在の「加茂」は、それまでの加茂の行為の蓄積(キャリア)によって「加茂」であるのではない。いま加茂のことを「加茂」と認識する人物によってはじめてたちあらわれる瞬間的なものであると。だから、加茂のなかにははじめから「時差」の感覚がある。ある瞬間とそれとべつの瞬間の加茂が矛盾していたとしても、それを統一的に解釈する文脈にいるのでないかぎり、加茂はそれを是正しようとはしない。こういう立ち回りは、一貫性を旨とする曽我部のような人間にはまったく理解できないだろう。じつに対照的なふたりなのである。


今回はまた、ウシジマ名言集に収録されそうなことばが見開きで出てきた。金が全てではないと、丑嶋はいう。しかし、結果として、何事も金がなければならないというのである。なるほど。こういうことを丑嶋がいうというのは、少し意外である。意訳すると、世のことわりがそのまま金と等号で結ばれるわけではなく、交換可能なわけでもない。金が真理ではないが、しかし、現実として、金を真理のようにあつかわなければ、わたしたちはなにもできない。たとえば、愛は金では買えない。愛=金ではない。けれども、その愛を育むのにいっさいの金を用いずにすますということは不可能である。おそらく、その点をもって、いちぶの拝金主義者たちは、愛も金で買えるとくちにするのだろう。厳密には、金で買っているわけではない。けれども、結果として、どんなにつつましいカップルでも、それを育むのに金を必要とする。愛と、いくらかのお金は、等価ではない。というか、同じ価値の計量のしかたではかることはできない。したがって交換の俎上にのせることができない。けれども、愛に至る過程のあるぶぶんを、わたしたちは金で買っている。

加茂という男は、第三者的な形容詞で他人を見ることに慣れた人物である。たとえば、キャバ嬢の花蓮は、名前の前に必ず「美人の」とつく。愛人の瑠璃も、イメージも含めて、ブス可愛とか低収入とか不美人とか、そういう形容が付される。そんな瑠璃に、彼はじぶんがなぜ「そそる」のかわからない。前回も書いたが、そこの理由は、彼の「上から目線」を保証するものためかもしれない。が、ともあれ、彼は「瑠璃」という固有の価値を見ようとはしない。というか、そこに至らない。花蓮は美人だが、たんに機会があって親しくしているだけであり、ほかの美人のキャバ嬢と花蓮は、加茂のなかで交換可能である。彼は花連とご飯を食べているのではなく、美人とご飯を食べているのである。

こういう加茂の世界観、他者のどれもが形容詞で管理され、等しい価値のものは交換可能であるという、たぶん彼なりの修練の結果修得されたスキルは、金ですべて表現可能な世界と親和性が高いだろう。誰もが交換可能な「量」ではないが、そうとらえなければ世界はまわっていかない・・・、丑嶋の言い方を借りれば、加茂の世界観はそのようになるのである。


対して曽我部は、この言い方では量より質でひとをとらえている。あなたのもっている1万円札とわたしのもっている1万円札は、それぞれにちがう経路をたどってここまで流れてきた、したがって等価ではないし、交換できないと、極端にいえばそういう認識なのである。とりわけ彼の人生、彼のキャリアは、ほかのどのようなものとも交換のきかないものである。だから新しい人生に踏み出すことにためらいがあるのである。





闇金ウシジマくん 28 (ビッグコミックス)/小学館
¥580
Amazon.co.jp

闇金ウシジマくん 27 (ビッグコミックス)/小学館
¥550
Amazon.co.jp

闇金ウシジマくん 1 (ビッグコミックス)/小学館
¥530
Amazon.co.jp