『すっぴんは事件か?』姫野カオルコ | すっぴんマスター

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(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

■『すっぴんは事件か?』姫野カオルコ ちくま文庫


すっぴんは事件か? (ちくま文庫)/筑摩書房
¥735
Amazon.co.jp


「「すっぴん」を重視しすぎでは?小悪魔って本当はどんな女?女性用エロ本と男性用エロ本の大きな差は?飲食店ではジャズさえ流しておけばいいの?ファンデが肌を汚く見せてませんか?―ついつい流してしまいがちな、世間にはびこる“常識”。そこに「ちょっと待った」をかける仕分けエッセイ」Amazon商品説明より




ブログをはじめてからひらがなの「すっぴん」という文字に異様に反応する習慣がついてしまったのですが、それとかんけいがあるわけではないけれども、文庫の新刊コーナーで見て衝動買いしたもの。しかしこれはおもしろかった。姫野カオルコさんというお名前は、たしかに、毎日本屋に通うなかでよく目にしていた気がするが、読んだことはない。そして、どのような作家であるのか、率直なイメージを引き出してみると、なんというかこう、おしゃれメランコリーというか、「ヘルタースケルター」というか、そういう像が浮かぶ。どうしてそういう像が浮かぶのかわからない。幾度も直木賞候補になったことがあるらしく、そのたびに、中学生、高校生くらいの年頃に、書店で平積みにされているのを目撃していて、どのような著作があるのか僕はわからないが、たぶん、タイトルとか表紙とかの印象、あるいは、姫野カオルコという、いかにもペンネームチックなお名前に源氏名的な感触を覚えていたのかもしれない。わからないが。


ともかく、そういうひとではぜんぜんない。いや、本書はエッセイなので、じっさいのところ小説はどうなのかというとわからないが、少なくとも、作者じしんの人格は、たとえば少女漫画家という括りのなかで分類するとすればさくらももこである。こういってはなにだが、非常に論理的な思考のしかたができるかたなのである。本書に一貫して流れているテーマとして、一般に特に疑われることなく流通している「常識」の成り立ちを、おもしろおかしく、ただしきわめて論理的に解いていくのだが、常識に挑戦するのは作家の使命としても、そこから意外性を導くのは難しい。たんに論理的にほどいていくだけでは、だいたい同じくらいの知性のひとがその問いに挑戦したとき、だいたいおなじようなこたえが出てくるというつまらない結果に陥ってしまう。常識に挑戦する作家的性質、論理的思考、そしてなおかつ、論理的に、ということは、誰もが納得できるしかたで思考をすすめながら、結果には意外性が伴う、そういう、かなり得がたい思考能力の持ち主なのだ。


通して刺激的な論考・・・というような重厚なものではないところがまたすばらしい・・・なのだが、とりわけ感動的だったのは、女性のエロ本の項目である。これはもう、瞠然というか、びっくりした。女性向けマンガ雑誌でも、りぼんとかマーガレットとかのサイズではなく、攻略本と同じ大きさで、かなりぶあついものがある。そういうなかに、女性向けのエロ本・エロマンガというのは混じっているのだが、そういう作品のなかの設定には、なぜか「姑にいたぶられる私」というものが多いのだという。それはなぜかと考え、筆者は、男性のエロ本に看護師や客室乗務員の制服が大量に見られるのに対応して、姑も「記号」、主婦の制服なのだと看破するのだ!



「消費者を、専業主婦(嫁)に絞ったエロ本出版なら、ヒロインを嫁にして、その嫁に嫁らしく嫁の制服(=姑)を着せるのは当然だ。主要読者に『ああ、(嫁である)ワタシがこんなにいやらしいことを・・・』という共感をもって興奮させてあげるのが商業出版の努力である」49頁




すばらしい。この制服のはなしはしばらく続くが、ずっとこんな調子である。なにか、はじめてメガネをかけたひとが世界のあまりの細かさに驚愕するのと同じように、なんか、見えていなかったものが急にクリアに迫ってくるような感じを覚える。はじめて内田樹を読んだときもおなじようなことを感じたな・・・。

とにかく、こうなるとこのひとの小説も読んでみたくなる。直木賞周辺の作家は僕はあまり知らないのだが、このひとなら読んでみたい。なにがいいかな・・・。