■『アスディワル武勲詩』クロード・レヴィ=ストロース著/西澤文昭訳/内堀基光解説 ちくま学芸文庫
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「太平洋カナダ沿岸の先住民・ツィムシアン族にさまざまに異なるかたちで伝わる神話群、アスディワル武勲詩。多くの部族社会や天上界の人びとと結婚をくり返しながら、謎に満ちた遍歴をくりひろげる主人公、アスディワルを中心として物語は展開される。著者はこの物語群を宇宙観、家族組織、地理、経済など多角的な視野から比較・分析、神話が成立・変容する過程を解き明かし、背後にひそむ共通の構造を浮かび上がらせる。レヴィ=ストロース人類学の集大成『神話論理』へと結実する思考の軌跡をもっともあざやかにしるす記念碑的名著」裏表紙より
最近亡くなったばかりの伝説的人類学者・レヴィ=ストロースには、『野生の思考』『悲しき熱帯』というようなたいへん有名な作品があるが、読んだことのない僕からすれば手始めに文庫サイズで短いものはないかなというのはあって、これはうれしかった。じっさい、175ページという薄さであって、そのうちの3分の1くらいが解説であり、字も大きくて、要するに論文としてはひどく小さい。浩瀚な大著を読んだってどうせ理解できなくて体力ももたなくて投げ出すのがオチだから、最初は短いものがいい・・・。
しかし、だからといって内容もわかりやすく射程の短いものかというとそんなことはぜんぜんない。こういうときは解説が多いに役立つけれど、今回では解説のほうが難解であって、レヴィ=ストロースじしんの文章のほうがむしろ見通しがよく、あわせて読みつつ混乱してしまった。たぶん、多少はレヴィ=ストロースの理論に通じている人物であればするすると読めるんだろうけれど、僕ではなめらかな文章でも障害物ばかりで、あっちこっちにぶつかって読み進める以外ないのだった。さらに、レヴィ=ストロースが好んで用いる図式的な、代数的な表現はより文面を晦渋にするもので、絶望的というほどではないにしろ、つかみかけていたものがするりとどこかに逃げていってしまうような感じを覚えたのだった。だが、解説によれば、レヴィ=ストロースじしんはこうした代数的表現を「とばして読んでもさしつかえないもの」と考えていたらしくて、神話が通時的に、どの時代でも普遍的に成立するラングのようなものだとしたときに、すべきかどうかはともかくとして、こうした一般化が可能であると示すことが論文として重要であると、そういうことなんではないかとおもう。
神話には、ソリッドな「オリジナル」を求めることはできない。たとえば聖書にしても、「それを執筆したもの」を想定することにはほとんど意味がないし、卑近なところでは、ゲームや漫画なんかも含めた三国志もそうだろう。一個の法典のように、細かい言い回しをとりあげて逐語訳的に解釈するのでは、神話の神話性みたいなものは損なわれてしまう。神話は、パスされ、語られ、それを耳にしたものがまた語り、変容し、異説・バリエーションとなっていくその過程、流れのなかにある。研究にあたってはその流れをぜんたいとして比較・検証し、基本的な構造を見出さなければならない。だから、レヴィ=ストロースの『神話論理』もたいへんな大著になっているということなんだとおもうが、本書では、レヴィ=ストロースの明晰な手法はそのままに、ごく小さな、じっさいにはふたつの、地理的にも接近している神話を対立させることで読解をすすめている。これ一冊で神話の分析はばっちりということにはならないが、一種の模範としては適当・・・本書がレヴィ=ストロースの神話分析の入門に最適というのは、そういうことだとおもう。ほんらい、おそろしい量の伝承を渉猟してなさねばならない研究が、ごく小さな、120ページ程度の分量で、手法のみを提示することを目的にしているかのようにして記されているわけです。その手つきは事実鮮やかで、今日の批評の技術にも生かされているにちがいなく、じっさい、そういうのが好きなひとはかなり刺激される一冊だとおもう。かんたんとはいいがたいが、明瞭であることはまちがいない。
しかし、とはいっても、われわれがいま一般的におこなっている批評の手法がロラン・バルトのテクスト論に基づいているものだとすれば、さまざまな神話の異説を対立させて構造を抽出させることが神話の分析なら、その異説が異説として成立している要件のほうに着眼するのが批評だというふうにもおもえる。批評という点でいえば、レヴィ=ストロースの理論は、分析にあたってつかわれない、裏側の筋肉みたいなものかもしれない。
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