第283話/血の覚醒
鬼の一撃がついに解き放たれる。
愚地独歩を絶命させ、キャリア百数十年の郭海皇ですらも、擬死をもってしかこれを回避することはできなかった。要するに、作中最大の威力をもつ最強の攻撃、ということだ。いや、純粋に重さを計測したら、ピクルの蹴りやタックル、オリバの張り手のほうが強いということもあるかもしれない。速さだけをみたら、そりゃ克己のマッハ突きのほうが速いだろう。でも、たぶんそういう問題ではないのだ。
バキの脳裏には母親のすさまじい顔貌が浮かんでいる。バキに出てきたおはなしだったろうか、ひとは死を目の前にすると、走馬灯のようにして(走馬灯がなんだか知らないが)それまでの人生を瞬間的にたどりなおし、緊急的に解決策を探し出そうとするのだという。勇次郎の一撃がいままさに解き放たれようとしている、しかも、彼自身は、逃れられないのか、あるいは受けるつもりなのか、ちょっと回避することはできそうもないとなれば、そういう心理状態になってもおかしくない。しかしそこにあらわれたのは、父を喜ばせろと狂気の表情で強いる母親である。「勇次郎の一撃を受ける」という、いわば生をあきらめた行動に論理的な整合性をもたせるために、バキが緊急に用意した記憶なのかもしれない。
勇次郎の突きは速さもたいへんなものであるらしく、腕が完全に消失している。大きくふりかぶられたのち、下突き気味にバキの腹部にむかっていく。バキは前足をあげ、両手を前にだしこれをうける。この一撃をその手でガードしたものかどうかはよくわからない。というか、ガードなんかほとんど意味ないとおもうけど。
しかし突きの軌道と腕の位置を見ると、直接接触はしていないのかもしれない。前足をあげていたのは軽くうしろにとんでいたあかしかもしれず、そこまでやるならもっときちんとよければいいのにとかおもうが、さまざまな条件が、彼にこれをこのようなしかたで受けさせたのだろう。
いずれにせよすさまじい一撃である。バキはからだを折ったままかなりの高さまで飛んでいき、やがて車に激突する。このじてんですでにバキは朦朧としているのだけど、いちおう、車からはがれたあと両足で着地している。だがすぐさま、容赦ない父の追撃がおそいかかる。ふたたび腹・・・というか胸、いやバキの全身に左の突きが衝突する。これは完全にノーガード、さらにうしろには車があって動けないので、要するにモロである。
バキの瞳は色を失い、くちからはなにやら粘液のようなものが垂れ落ちている。
「同日・・・・・
エジプト カイロ
『ギザのピラミッド』にて・・・・・」
いきなり場面が大きく変わる。といっても、同日ということなので、同じ時空のものである。
ピラミッドの外にはふたりの男がいて、なかに入ったまま90分も出てこないクリス教授というひとを待っている。若いほうは心配しているようだが、もういっぽうの年上の男は、遭難したか、あるいは新発見をしたのだろうと、笑みをたたえながらいう。
「クリス教授にとってここは我が家同然です
きっと・・・・
見つけたのです
帰るに帰れない大きな何かを・・・・」
「我が家」は隈なく知り尽くしているものだが、そんなところになにか知らないものが発見されれば、たしかに放っておけない。いちど発見した師匠を逃がしてしまって寝るに寝れない、そんな感じだろうか。
クリス教授はほかのふたりとともに、偶然、広い空間を発見していた。長い通路みたいなところには壁画がある。クリス教授はそれを「一見して不吉なもの」と批評する。たぶん魔物だろう。だが、何故背中なのだろうねと。背中に魔物を宿した人物なのである。
つづく。
エイリアン対プレデター的な展開である。ツイッターでもそういう連想がけっこう見られたし、僕もまずあの映画を思い出した。
これがいったいどのピラミッドなのか不明だが、かなりの大きさのようなので、やはりクフの大ピラミッドだろうか。いずれにせよ建造は数千年前、この壁画が当時描かれたものだとすると、たぶん4、5000年前のものである。
手元には「壁画」のなんたるかについての資料がなにもないのだが、いったいこれをどのようにうけとめればよいのか。
仮にこれがトーテム的なものだとすれば、それは神聖な、不可侵のものであり、つまり宗教的なものである。というか、この壁画というものがどういうふうに描かれるのかわからないが、自由帳もクレヨンもない時代なので、なんの気なしに、ひまつぶしに描くということはありえず、目前に具体的に表現されてあることそれじたいに意味があるようなものであるにちがいない。フロイトでは、トーテムの饗宴は、息子たちがみずから殺害した「父」を、罪の意識から偲ぶとともに、その殺害という勝利を祝って儀式的に反復するアンビヴァレンスなものだったはずだ。トーテムの確立は、社会の成立、要するに「約束事」の成立と結びついている。これは一種の物語ととらえるべきだとおもうのだが、その共同体最強の男である「原父」は、息子たちを追い払い、族内の女性を独占していた。しかしやがて、集団を追い払われた息子たちはちからをあわせてこれを打倒し、あるものはその「父」の位置にかわって立つことになる。もちろん、ここには混乱が生じる。と同時に、くりかえされる「殺害」にむなしさを覚えた息子たちは罪の意識をおぼえはじめ、また父への尊敬と愛情をよみがえらせ、これを「トーテム」に託してまつることになる。このことで、「息子たちの反乱」は構造的に抑制されることになる。というのは、この宗教的な思考じたいが物語を宿しているのであり、彼らや彼らの祖先の過去の罪を、ということは罪の意識を含んでいるからである。こうして、トーテムと社会契約、具体的には内部の女性を独占することの禁止(インセスト・タブー)が同時に成立することになる。が、おそらく、トーテムの含む物語は、祭祀のときに想起的な反復を要請するのであり、こうしてもういちど、彼らは「原父殺害」を演じてみせる。
仮にこの壁画がフロイトのトーテムだとすると、これの表象するものは「社会契約」である。
しかし、どうもそういうことではない気がする。ひっかかるのは、ピラミッドを「我が家」のように探索するクリス教授がこれまでまったく見つけることができず、偶然のちからを借りてはじめてこの壁画を発見できたということである。ピラミッドがいくらでかいといっても有限であるのだし、現代ではいろいろな調べ方があるだろう。そのうえでこれまで見つからなかったということが示すのはただひとつのこと、要するにこの壁画が意図的に隠されていた、もっといえば、隠されていることで効力を発揮するものだということである。ある種の「契約」のしるしとして、法典や聖書のように眼前に掲げるのではなく、ひっそりと、人目をはばかって、しかしたしかにそれなりの労力をはらって、奉られているのである、あるいは表現されているのである。
というわけで、この壁画は、教授の「不吉」という読みも含めて、封印を意味しているとみたほうがいいのかもしれない。描き、隠すという行為そのものに、なんらかの呪能が期待されていたのである。
ではいったいなにを封印していたのか。いろいろ考えられる。エジプトに預言者がいたとして、はるか未来の範馬の血族を見出し、その災厄を当世にもたらさないためであったかもしれない。当時のエジプトからすでに範馬の系譜はあったのであり、どうにか退治したか、追い払ったかしたそれを封印したのかもしれない。
しかし、前回の記事を読み返して、現象としての最強遺伝子ということが思い返される。
勇次郎は息子に眠る遺伝子をたたき起こそうと鬼を解放した。ということは、息子にもたしかに、じぶんと同様の血が流れているのを確信したということである。
そうであるからには、おなじ血族でも(ジャック・・・)同等の遺伝子を引き継いでいるとはいえないばあいもあるということである。
範馬勇次郎の直接の息子であっても、それがしっかりと受け継がれるとは限らない。この遺伝子が彼の所有物ではないという意味で、これは「現象」なのだ、というのが前回の理路だった。
勇次郎がたたかっているのは息子の刃牙ではなく、「最強遺伝子を引き継ぐもの」なのである。
背中に鬼を宿す最強遺伝子が範馬の一族にしかないものだとしても、その発現が不規則で制御できないものである以上、彼らはただ権利を抱えるだけ、主導権を握るのは天災のように「ときどき」、皮膚的には「たまたま」あらわれる「遺伝子」のほうなのである。
鬼の背中のあらわれについて、作中、あるものは日本の武術に伝わる型だといったり、あるものは天然戦闘形態だといったり、語るものをかえるごとに出自がころころ変わっていくのは、そういうことなのかもしれない。
しかしそうなると、「勇次郎的なもの」は過去に存在した可能性が出てくる。これはかなり、彼の強さのみなもとを揺さぶる展開となる。となるとこれはやはり予言的なものだったか、あるいは発現のしかたにもいろいろあるとか、そういうことかもしれない。
いずれにしても、そのような最強者が同じ時代に存在するというのは、勇次郎じしんの個性がもたらした奇跡的な出来事なのだろう。このようなものが同じ空間に接近し、衝突したら、いったいどういうことになるのか。バキの底力を目覚めさせるものが範馬的最強遺伝子なのだとしたら、勇次郎じしんもまた、そのちからを更新させる可能性も出てくる。このたたかいは、核心に近づくにつれどんどんと終わりが遠ざかっていく、そういうものになりつつあるのかもしれない。
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