第240話/ホストくん⑳
結果として愛華を自殺させてしまった高田。
その死によるダメージは高田のなかにはっきりと刻み込まれ、愛華は忘れられない存在となったのだった。
高田は内側に愛華を住まわせている。
こころでおもっただけのことにも愛華は介入してくるし、ただ経験が記憶としてくっきり残っているだけで、愛華は高田のあらゆる判断に容喙し、影響を与えることになる。
だから、高田は、来てくれたお客に対し「ありがとう」ではなく「ごめん」というようになる。
これではホストとしておしまいだという慶次の予言通り、高田は仕事を辞めて、ホームレス生活を送っていた。駅みたいなところだ。しばらくはマンキツ暮らしをしていたらしいが、いよいよ金がなくなって、どうにもならなくなっている。そして、腹が減ったかどうかを、高田は愛華に訊ねる。どれほど時間がたったかわからないが、高田のなかにはまだ愛華が住んでいる。妄想の愛華はあしの先が腐っており、ただ記憶のなかの彼女がよみがえってくるというだけでなく、高田とともに、おなじ時間のなかを共生しているのだということがわかる。
高田は五円玉をうっかり落として転がしてしまうのだが、そのさきからは声が聞こえてくる。ごろごろ転がってやってくるのは、愛華の父親の生首である。なんだかアイアムアヒーローの鈴木英雄の妄想界みたいだ。
愛華の父親(の生首)は高田を責める。彼女の母親は、娘を失ってからずっと寝室にこもりっぱなし、毎夜悲痛なうめき声をあげているという。
「苦しい人生には救いが必要です。妻を救って下さい。
一生かけて償って欲しい。
だが娘を騙して死に追いやった罪は許しません。
誰もが救われなければいけません。
だが君だけは救われて欲しくない」
そう、父親は責めたてる。
父親は、苦しい人生には救いが必要だと、救われるべきなのであると、救いを当為のものとして語る。だが、高田に関して、彼は(彼の生首は)、罪を許さず、救われて欲しくない、というぐあいに、主観にすりかえていく。君に関してだけは一般論で語ることはできないと、そう宣言しているのである。
愛華と家族の会話 からは、ある種の義務性みたいなものが感じられた。そうあろうとしてその社会的価値にたどりつくのではなく、動機に先立つかたちで、その語り口は採用されていた。道徳の教科書から抜書きしてきたように平面的な「父親的ふるまい」を先取することで、彼はその価値に満足し、それ以上のなにも求めない。
高田は、だったら警察にいってくれという。未成年に飲ませていたことは事実なのだ。
だがそのいっぽう、この父親が気にしているのが世間体だけだということも見抜いている。
そのとき、激昂した生首は、あれは自殺ではない、お前が愛華を殺したのだと叫ぶ。
もちろんこれは妄想なので、いま高田が父親に怒鳴られたということではない。
そこへ、高田にとってはリアル世界の代表者かもしれない、親友の隼人がやってくる。金に困っているならまたおれんちにこいと。ホストを辞めてから、高田は隼人の紹介でサパークラブに務めていたのだが、胃をやられてそこもやめてしまった。隼人にさとされ、高田は仕事をはじめると約束する。
さきほど落とした五円玉が誰かにとられるのをめざとく発見し、高田に「いいの?」と問うものがいる。メガネをかけていない、若き丑嶋だ。愛華と丑嶋はすでに会ったことがあるが、ふたりはこれが初対面だ。丑嶋はこのじてんで高田を採用したのだろうか?1巻の第1話は高田の入社からはじまるのだが、このとき高田が着ている服と、今回のものはよく似ているので、このまま会社に連れていかれたのではないかとおもわれる。それからほとんど日がたっていないバイトくんで、丑嶋の年齢が23であるということがわかる。いっぽう、ホストくん⑤の隼人のセリフでは、愛華の死が現在から4年ほど前ということになっている。そうすると、愛華が死に、彼女をうちに住まわせながら、サパークラブからホームレス落ちていくまで四年かかったか、あるいは、「現在」ではすでに丑嶋は23ではないか、つまり時間がたっているか、どちらかだろう。この漫画は時系列がほとんどのばあい不明なので(たよりは高田の髪の毛だけ)、あんまりこういうことをいってもしかたないかもしれない。
ここで回想は終了、闇金となった高田の現在にもどる。カウカウは水を得た魚のように活き活きとしていて、取立ては絶好調。楽しそうですらある。なかなかこわもてっぽい負債者も窓からとんで川に逃げ出す迫力だが、マサルと高田がこれを取り押さえる。そこへやってきたのはたぶんこの男の連れのもので、全員おなじ「悪羅悪羅魂」という文字がぬかれた上着をきていて、鼓舞羅が着ていたジャージにはいっていたものとおなじマークも見える。これは、ただのブランドなのか、それともなにかチームのジャケットなのか、それはよくわからない。
とにかく、手下みたいのがわらわら出てきたせいでちょっとした乱闘みたいになるのだが、橋のうえから見ていた丑嶋が仮面ライダーみたいにドロップキックで飛び出してこれに参戦し、けっきょくみんな裸で正座させられることになるのだった。
つづく。
高田の入社の経緯がこれでわかった。
まともな客のほとんどいない仕事だが、高田は社長と仕事ができて楽しそうだ。
あのまま1巻の1話にはなしが続くのだとしたら、高田が慶次の転落の事情を知らなくても不思議はない。
しかし、今回はあの生首がすごいインパクトだった。
いったい高田のこの妄想の風景をどのように受け止めればよいのか。
妻に関する情報が妙に細かであったり、父親の性格が正確に再現されているところを見ると、似たようなやりとりがそれ以前にあって、それをくりかえしあたまのなかで再生しているだけともとれる。
だけれど、あの家族のうちひとりでも、愛華の死にそこまで消沈することがあるだろうかという疑問もないではない。
仮にそうだとすると、これらの妄想は、高田の罪の意識が生み出した未経験の幻影ということになる。高田は、みずからを罰するために、こうした幻を創出したのかもしれない。これが無意識下でのできごとなら、高田がこの「責めたてるもの」に反論している点も矛盾はしないし、そこから転じてやってくる罵声をこそ導いているとすれば、これがすべて高田のこころの傷が呼び込んだ、彼自身の分身であると見れないこともないだろう。
しかし、あの父親のいかにも言いそうなことであるのはまちがいない。母親は、「お墓の中にいる愛華ちゃんに謝りたい」といっている。これをして、父親はこういう。
「“女児のためには親幼くなりぬべし”
娘に先立たれた親は幼児のようになるという意味です」
妻は愛華に死なれて子供のようになってしまったというのである。これは、「愛華に謝りたい」と呻いている妻を「子供のようだ」といっているということになりはしないだろうか。
つまり、じぶんたちが愛華に対してなしてきたことに関して「謝りたい」とは、すくなくともこの生首の父親は考えていないのである。
愛華の死に「原因」を施そうとするなら、そんなものはいくらでも出てくる。その一端に、家族はたしかにいたはずである。
母の呻きを素直にとらえれば、この複雑な網目の一端にじぶんがいたということの自覚が出て来たということになる。
だが、父親はそうではない。最後に怒鳴りつけているように、すべての原因は高田であると、そのように考えているのである。
なにしろこれは妄想の風景なので、即断することはできないわけだが、この父親はひたすら「父親としてのふるまい」を選択的に採用しているだけのようにおもえる。
彼には、「とるべきふるまい」のシナリオがしっかりと用意されている。
それにしたがって行動してきていたのだから、じぶんにほんのすこしでも原因があるはずはない。
愛華への拒否、というか無関心が、それを示していた。
とるべきふるまいをとっていない愛華のことなど、知ったことではない、そういう態度だったのだ。
その当為のふるまい、「こうあるべき」を規定するのは、想像的他者が構成する社会性である。ある種の「法」である。
それにしたがっているかぎりでは、彼になんらかの責任がかかってくることはありえない。
彼にとっては、「一般論からとびでて感情的に怒声をとばす父親」というのもまた、あるべき父親の像なのかもしれない。
愛華は、それがなんなのかはわからないが、「とるべきふるまい」をとっていなかった、と父親は考えていただろう。
つまり、「とるべきふるまい」をとれば、愛華も正しくなりえたということだ。
この理屈では、潜在的にはすべてのひとびとは「正しい」のだ。
だが、愛華は死んでしまった。父親的な「正しさ」を獲得する前に、「正しくない」ままにこの世から消えてしまった。
高田がいうように、父親にとってこれは世間的に修正がきかない汚点なのである。
だから、愛華の「正しくない」ありようそのものを、他責的なものにすりかえようとする。
愛華の潜在的「正しさ」、つまり、「どうにかすれば正しくなりえた愛華という少女」を保存したまま、これが絶たれた原因を高田にもっていこうとしているのである。
すべての原因が高田にあるということは、みずからも含めたほかのところには原因はないということである。
つまり、みずからが「とるべきふるまい」をとりつづけ、つねに正しかったということを証明するためには、「すべての原因は高田」になければならないのである。
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