第228話/戦闘力
バキの家の玄関の前で、拳をふるう体勢のまま、柴千春が気配を探っている。
家のなかでは、バキもまた千春の気配を察し、家の外に出ようとしている。
千春はべつにノックしたりブザーを押したりしているわけではないので、たぶん千春のほうでも、バキがじぶんの存在に気づいているということに気づいている。もしそうでないとしたら、行住坐臥すべてたたかいのはずのファイターとして、バキを見ている。
だけれども、強さゆえか、バキはやたら油断をする男だ。足音などから接近を察知しながら、千春はありえないはずの音を聞く。シューズをかかと履きにして引きずっている音だ。千春いわく、これで戦力は10分の1になるのだという。
それはバキがまだまだ千春をなめているということかもしれないが、千春はそんなふうにはとらない。なめていようが油断していようが、とにかくチャンスだ。
千春がほとんど勘だけをたよりに、たいして方向も見ず拳をくりだす。強烈なパンチはガラス戸を破り、バキの顔面に直撃するのだった。
バキのかかと履きは、もちろん千春をなめているということもあったろうが、それよりも、扉をあけて千春の前に立つことがこの瞬間の目的となっていたからかもしれない。しかし彼らファイターたちは寝てるときでもご飯食べてるときでもかまわずおそってくる。デジタルに「たたかっているとき」と「たたかっていないとき」が差異化できないのが、彼らの日常のはずなのだ。
その差異の境目を、千春の拳が粉砕する。ぶっとぶバキの足からは靴がはずれてしまう。ガラスがたくさん落ちていることでもあるし、はだしになってもバキにとっては不利な状況かもしれない。
鼻血を出しながらバキは千春のパンチ力に素で驚いている。
家にのりこんできた千春はバキのあたまを抱え上げ、家の外へと放り投げる。力も強い。バキはそう感じる。とにかく、そういうわけで、とりあえずガラスの破片を踏む心配はなくなった。千春の誇りがそうさせたのかもしれない。
そしてバキが千春にぼこぼこに殴られる。黒目がゆれ、それなりにダメージもあるようだ。
身をもって千春の攻撃を味わいながら、バキは分析する。技術のない素人でありながら、すさまじい戦闘力。すなわち、闘志そのものが戦闘力に化けていると。
「アリガトウ
テーマができた」
千春の連打で目を覚ましたバキが、立ち上がって本格的なかまえを見せるのだった。
つづく。
戦闘力という概念が具体的にどういうことであるか、よくはわからないが、もしそれが、戦闘に関する能力を数量(言語)で計れるかたちにするということなら、千春はそれともっとも無縁な人種である。
花山含め、彼らは気合と根性と精神力だけですべてをくつがえそうというひとたちなのだから。
それについて「闘志そのものの戦闘力」というような分析を加えるところが、いかにも後‐言語的なバキくんである。
といっても、当の千春も、かかと履きをすると戦力は10分の1という言い方をしている。
奇しくも両者はその心の中で「戦力」「戦闘力」ということば同様につかっているのだった。
この符合は偶然なのか、それともなんらかの物語上の作為があるのか、それはわからないが、いずれにしても、この展開はどこかに向けての方向性の兆しのようにおもえる。
科学的にはともかく、げんに千春がいうようにシューズをかかと履きすると戦力が10分の1(くらい)になるのだとすれば、千春にも勝機はあるかもしれない。
かかと履きはバキの油断だろう。
本気で「たたかっているとき」のデジタルな領域に踏み込めば、バキは強い。
だけれども、そもそもそうした領域に「踏み込む」ということそのものが、ファイターとしては誤りなのかもしれない。
つまり、そうしてデジタルに周囲をとらえている最中は、いかに気持ちが「たたかい」のなかにあっても、そうでない場所に移る可能性がゼロではないのだ。すなわち、それが油断というもの。それだけの緊張感を保って生きていくというのは並大抵のことではないが(ふつうはできない)、ともかく、バキのなかにはなぜかそういうぶぶんがある。
とすれば、次のふとした瞬間には、またべつの些細な油断から、戦力が10分の1になってしまうかもしれない。
たぶんこれは、千春の弱さが呼んだものではあるだろう。
だがどうあれ、千春が、その存在のちからでバキの戦力を激減させ、ダメージを与えたことはまちがいない。
仮に戦闘力というものが計量可能なものだとすると、そのような些細な入力のちがいで、現実の戦闘力というものは変動するものなのだ。
この「10分の1」は千春の弱さが呼んだものであると同時に、食いついてはなれない千春の闘志にもよるものかもしれない。
バキは本気だしてかまえた。
だが「本気出す」という身振りをとっている時点で、バキは出遅れているのだ。
彼のいうテーマとはなんだろうか。
流れでいえば「喧嘩の理由」だとおもうが、僕のこれまで書いてきた乱暴な理屈を適用すると、そもそもそうした理由を探すことが、バキと勇次郎のあいだに距離をとらせていたのだった。
そうすると、もしこれが勇次郎戦につながっていく呼び水みたいなものとなるなら、もっとメタ的に、「『喧嘩の理由を必要としない』という立ち位置に至ること」がこの喧嘩の理由となりうるかもしれない。
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