『言葉と無意識』丸山圭三郎 | すっぴんマスター

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(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

■『言葉と無意識』丸山圭三郎 講談社現代新書



言葉と無意識 (講談社現代新書)/丸山 圭三郎
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「現代思想の問いは、言葉の問題に収斂する。世界を分節し、文化を形成する「言葉」は無意識の深みで、どのように流動しているのか?光の輝き(ロゴス)と闇の豊饒(パトス)が混交する無限の領域を探照する知的冒険の書。

言葉の力――ロゴスとしての言葉は、すでに分節され秩序化されている事物にラベルを貼りつけるだけのものではなく、その正反対に、名づけることによつて異なるものを一つのカテゴリーにとりあつめ、世界を有意味化する根源的な存在喚起カとしてとらえられていたことになる。くだいて言えば、私の「頭」と魚の「頭」、私の「脚」とテーブルの「脚」は、それぞれ「頭」と「脚」という言葉によって同じカテゴリーに括られていくのである。――本書より」内容紹介より



丸山圭三郎は、実質構造主義の父といっていいソシュールの研究の第一人者であって、僕もこのひとの『言葉とは何か』はいまでも読み返して参考にしていて、ソシュールと同じ意味の水位で、思想や哲学、文学の面では特に僕のような門外漢には重要な人物であったとおもう。しかしそれは、たんにソシュールの優良な紹介者という意味だけではなかったのだということが、本書を読むとまっすぐにわかってくる。



言葉とは何か (ちくま学芸文庫)/丸山 圭三郎
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本書の内容は、ソシュールを端緒にしたものではあるけれど、いつものソシュール導入書ではなく、特に後半などはまったく丸山圭三郎じしんの考えの呈示で、正直第Ⅳ章あたりからはけっこう理解がむずかしく、「新書気分」で読むと痛い目にあうかもしれない。そんなに原稿に余裕があるわけではなかったということなのか、なにか急いで語るべきことを語っているという感じもあり、そのこともまたはなしを複雑(な感触)にしているような気もしないでもなかった。


「いわゆるソシュール」…、というのは、かんたんに「単位ではなく関係」というソシュールだとおもうけれど、後期のソシュールはアナグラム研究に狂信的な深入りをしていたのだという。ソシュール的にはアナグラムにもさまざまなものがあるようだけど、ふつうにいわれるアナグラムというのは、ことばの綴りの順序を変えてべつのことばにするもの。村上春樹(MURAKAMI HARUKI)→牧村拓(MAKIMURA HIRAKU)の類い。


数多の詩歌を読みふけり、ことばの深いところで響くものをあげていってアナグラムを検証していたソシュールは、このことが詩人たちのたしかな意識のもとに施された、企図的なものであるということにこだわっていたそうだ。

しかし丸山圭三郎は、そうした「意識的か、偶然か」という二項対立の問いの立て方そのものが、そもそも表層言語的な硬直した発想なのであるという。



「こうして私たちは、西欧の正統言語学者や正統哲学者が一度も問題にしようとしなかった〈言語=意識の深層〉に気づかされるのである。実は、〈意識的でも偶然でもないもの〉こそ、いわゆる無意識において私たちを突き動かしている〈深層のロゴス=パトス〉という名の言葉の産物にほかならない」114頁‐115頁



言葉が言葉を生成していく過程は、ソシュールがそう願ったようにそれを記す主体の意識のなかに存するのではなく、かといって偶然でもなかった。「現に存在する現象としての〈表層のテクスト(フェノテクスト)〉の背後には、このテクストを可能ならしめた発生としての〈深層のテクスト(ジェノテクスト)〉が、「常に、すでに」存在する」(119頁)のだという。


といっても、アナグラムの重層性はポリフォニーのそれとはちがうんだそうだ。



「すなわち、アナグラムに聴きとられるものが深層意識における言葉の多声性・多義性であるのに対し、ポリフォニーやカリグラム、そして〈変態ルビ〉の技法が生み出す重層性は、それぞれに複数の音や文字が表層意識に直接訴えるものに過ぎない。アナグラムの多声性は、あくまでもモノフォニーのなかから内なる耳目に感じとられる複数の声なのである」128頁‐129頁



これ以後、フロイトとかラカンとか、思想界のスーパースターたちを援用しつつ、丸山圭三郎の理論は駆け足で続いていくが、本書はなにしろ合理主義の、プラトン以降の西欧思想の批判という意味がもっとも大きかったとおもう。そのへんは、僕が最近読んだ河合隼雄の発言と似たところもあり、なんとなくまた例の符号みたいなものを感じた。まあ、こうした「意味」をいちいち探して記すという習慣じたいが「表層のロゴス」にとらわれているというものかもしれないが…。



猫だましい (新潮文庫)/河合 隼雄
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