僕の実家は集合住宅なので、ご近所の目というものがリアルに生活のなかにあって、けっこう気をつかう。
といっても、僕はなにも隠し事があるわけではなので、まあ、親しくないひとたちに、「平日の昼間っからあのおっさんナニやってるんだろ…」と怪しまれている可能性はじゅうぶんすぎるほどあるが、それは僕がじぶんで納得して選択したことであるし、少なくとも悪意のある陰口や嫌われ方をされたりということは、おそらくない。というか、近所のおばさんたちは子供のころからよく知っているので、いまだに子供あつかいで、いろいろ親切にしてくれる。ときどきお小遣いをくれることすらある…。僕は慢性的な金欠病なので、平気でもらっちゃうけど。
僕のうちのうえの階に住んでいるEさんというおばさんは、ご主人は単身赴任だかなんだかでぜんぜん家にいなくて、ふたりの息子さんはともにどこだかの有名な大学を出てすでに就職してひとり立ちしており、つまりひとりでいるのだけど、けっこう極端なひとで、まちがいなくひとはいいのだけれど、ぺちゃくちゃあることないことしゃべりまくって敵をつくることが多いらしい。地域ではとても顔が広く、あらゆる情報を網羅しており、外出すればもうありとあらゆる場所で僕はこのひとをみかける。そのたび、ひとが声帯を用いてコミュニケーションをとるにはいくらなんでも遠すぎるという距離からでも手を振って大声で声をかけてくるのはほんきで閉口するけど、まあ、いいひとなんです。しょっちゅうお小遣いくれるし。
それで、このEさんのそのまたうえの階に、何年か前新しい家族が越してきたのだけど、ここの奥さんというのが、わりと若いのだけれど、また変わったひとで、なにかとEさんともめているらしい。はじめにどんなトラブルがあったかはわからないが、たぶんEさんがいつもの世話焼きを発揮してなにか善意の指摘でもしたのだとおもう。そのうちにこのひとは、陰謀史観的というか、なにかわるいことが起こるとすべてEさんが原因なんじゃないかと疑うようになり、いろいろいやがらせみたいなことをはじめたのです。家の前を通るたびにドアを蹴っ飛ばしたり、悪いうわさを流したり。まあ、もともと敵の多いひとだから。
僕は、まああれだけ毎日ぺちゃくちゃしゃべってればトラブルのひとつやふたつべつにおかしなことでもないだろうし、時間がたてばどうにかなるだろうぐらいに軽くおもっていたのだけど、なにごとも中立を旨として、双方からのはなしをきいている母親によると、最近どこかへ引っ越してしまった、その新しい住人の向かいに住んでいたおばあさんは、このひとが原因で家を出ることになったらしいのです。いわく、かってに家にあがりこんで、冷蔵庫をあけて、なになにがないと文句をいう。ちょっとでも夜中に物音をたてるとのりこんでくる。悪意に満ちた注意書きの張り紙をする…。そのころ僕は学生で、ほとんど家にいなかったので、こうしたことはまったく知らなかった。
そして、ついにその新しい住人はEさんのところにも乗り込んできたのだった。何人かの取り巻きを連れて。そのなかには僕も小さいころから知っているひともいたので、けっこうショックだった。なんでも「いつごろここを出て行ってくれるんですか」みたいなことを言いにきたらしい。しかし、そのときたまたまEさんは家にいなくて、ほとんど見かけないご主人がひとりでいたらしく、彼は冷静に「そういうはなしは管理者を通してやってくれ」というふうに対処したそうです。なんだかすごいよね。
それにしても、これだけ近くにいるのに、そのどちらにも与せず、しかもうまくやっているうちの母親って…。