第157話/食べる為ではなく…
ピクルが怒ったゾ。
あれ、前にもなんかこういう場面あったような既視感が…。
ピクルじたいも、たたかいの環境にもあまり変化がないので、これはまあしかたないのかな…。
サイヤ人じゃあるまいし、そんな怒った泣いたで戦闘能力が大きく変わったりなんて、ふつうはしませんからね…。それを、ひとりの敵キャラをつかいまわすからには、設定が人間である以上(人間だよね?)、引き出しには物理的限界があるし(あるよね?)、やらなきゃならなくなるときもあるんだろう。
ちなみに、第156話の前のカラー扉絵には、なにかに猛り、咆哮している勇次郎が描かれていて、その脇にはこうある。
「迫る!!惑星(ちきゅう)史上最強決定戦!!!
…ってッ
いつまでかかってんだ!!」
勇次郎だって必要ならつっこむ。
問題なのは、誰もボケるつもりはないということなのだが…。
ナチュラルなボケの集まりってのは、当人たちは気づかないかもしれないけれど、とても疲れるものです…。
どうでもいい。
とにかくピクルが怒った。大切なご飯を共有しあい、不思議に調和した平和的雰囲気のなかで、どんなKYをすればこんなにひとを怒らせることができるのか…。他人を怒らせたいひと必見だヨ!
(コツは軽ぅ~く…
軽ぅ~く頬を…
決して強く打ってはいけません
強く打つこと――
それは相手に対する敬意になってしまいます
慈しむように軽ぅ~く平手で…
これが効くのです
深ぁ~~く相手を傷つけるのです)
急にお料理教室みたいなテンションになったアナウンスで、ピクルの怒らせ方講座がはじまる。そう、とてもいいですね。こういうのはみんな気持ちなんです。愛情なんです。
おどけた雰囲気から一転、こちらは現実世界からの実例による解説だ。1994年の第三回UFC。まだ世界がグレイシー柔術をよく知らないころ。このころの総合格闘技はまだ技術的にも雑な選手が多く、グレイシーの強さは圧倒的だったと聞く。そして第一回二回と優勝して他を寄せ付けぬ強さを誇っていたのがあのホイス・グレイシーだ(有名な「兄のヒクソンは私の十倍強い」発言は、この第一回大会優勝後のコメントだったっけな。ヒクソン伝説のはじまりですね)。
一回戦の相手はいかにもイロモノっぽい「キモ」という男。誰もがホイスの秒殺勝利を確信していた。しかし意外にも大苦戦。辛くも勝利を手にするも、ホイスの消耗はすさまじく、二回戦を棄権するという事態に。
コメントを求められたキモは、額に血管を浮かせていう。奴はおれの頬を叩いた、軽く値踏みでもするように、と。かつてない侮辱に我を忘れ、あらゆるリミットのはずれたキモは、みずからが実力で劣るホイスをぎりぎりまで追い詰めるほどの底力を見せたわけである。
ピクルのこれまでたたかってきた超人たち…、烈や克己やジャックの技は、倒せないまでも、まちがいなくピクルにある程度以上のダメージを与えた。しかしもっとも深刻に、決定的に彼を怒らせたのは、ハエも殺せないほどの威力でぴたぴたと頬を打ったバキの平手だったのである。
ぎりぎりまで接近していたバキにピクルが衝突する。助走がないだけまだマシをいうものだろうが、ピクルは闘技場のはしまで、踏ん張るバキを押し切る。バキが耐えたのかピクルがちからを緩めたのか、判断がつかないが、両者は停止し、反対側の柵に足のついたバキはピクルの顔をなでて感謝のことばを述べる。「俺が君を侮辱したこと、わかってくれたんだな」と。
(君は今…
生まれて初めて――
食べる為にではなく――
誇りを守護(まも)る為に――
格闘(たたか)うんだ!!!)
バキのドロップキック、そして左上段廻し蹴りが続けて炸裂。
特にノックダウンということでもないだろうが、衝撃でピクルは地面に倒れる。少し笑っているようにも見える。
勇次郎もたまらずつっこむほどもったいをつけて、ついにバキ対ピクルの開始だ。
これでこの記事のカテゴリ名「ピクル対範馬刃牙?」から「?」マークがとれるな。
次回につづく。
ほんとにはじまるくさい。
だいじょぶなのか。勝てるのか。ていうか、多少でもその見込みはあるのか。おじさんは心配だYO。
バキは主人公なので、勝負の最中に爆発的成長をするということも大いにありえるはなしだが…。
バキの待っていたフェアな瞬間って、これなんだろうか?
とにかく、例の食事の問題は、いちおうペイン博士のはたらきで半永久的に片付けられた。
それはたんに「敗北のたびに食されるファイターたち」という問題を解決しただけではない。ピクルのたたかう動機に関わってくることがらなのだ。
くりかえすように、バキにはピクルそのものに、数値的な次元で勝利しなくては意味がない。
勝つこともあるし負けることもあるという、流動的な現実的次元ではダメなのだ。
なぜなら、目指す先に立つ範馬勇次郎という男がぜったい負けないことを存在の本質としている人物だから。
バキのこだわったフェアネスというものがこういう意味であったと、とりあえず独断的に決めてしまうと、なにしろ身体的には問題はなさそうだ。いま耳がどうなっているのかはよくわからないが、とりあえず傷は癒えているといってよさそう。おなかもいっぱいだ。ペイン博士はごはんを返したことでピクルはもうたたかわないとおもっているようだが、むしろ彼はピクルとバキの、開戦するために必要なひとつの条件を満たしてしまったのかもしれない。
で、残る問題は精神的なことなんだろうと前回か前々回くらいの記事には書いた。
そして、じっさいには思いつきなんだろうけど(そう書いてある)、バキはおそらく本能的に、ピクルのたたかいの動機を「誇りをまもること」にもっていった。「誇り」かどうかはわからないが、少なくとも「守る」という点には、格闘技のそもそもの存在意義にも通じるものがあるだろう。もちろん、勇次郎には呼吸や食事のような行為かもしれないし、軍人にはひとつの攻撃の方法かもしれないし、チカン撃退のために学ぶ女の子には護身術だろう。このことはとても複雑な問題なので、ここでは深く考えません。渋川剛気は護身をきわめ、じぶんの身が危ういところにはたどりつけない、という境地に達したが、正確なセリフは覚えていないが、ジャック戦での渋川はその危険をはっきりと感じとりながら前へと進み出た。それが、たぶんこの漫画の登場人物たちを「守るもの」にとどめていない根拠だろう。ただ、格闘技を学ぶ初期衝動、さまざまなこの技術体系のそもそもの存在意義に何かを「守る」ことが含まれていることは、まあまちがいないでしょう。
そうしてみると、ピクルはここでついに、「食べるために(生きるために)結果として強い」ナチュラルなファイターから、主体的に強さを獲得しようとする「格闘技者」へと進み出たのかもしれない。
13歳のときバキは、夜叉猿とたたかい、なにかを反省していた。夜叉猿も、ある意味では「結果的に強い」存在だった。夜叉猿があの山のなかに単体で存在しているうちは、彼(彼女?)はたんにその生態系に組み込まれた一個の猿でしかなかった。その強さに意味を与えたのは、ことばをつかって「強さ」を希求する人間だったのだ。
バキのなかでも、ちょっと前に花山に指摘されていたが、このことはひっかかっていたのかもしれない。
侮辱し、「このやろうっ」という気分にさせること…、まあ、バキらしい、なんともかわいくない方法だけれど、そのことでバキは、ピクルを夜叉猿の位置から「強さ」に自覚的なファイターの高さに引き上げたのかもしれない。
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