■『本の読み方 スロー・リーディングの実践』平野啓一郎 PHP新書
- 本の読み方 スロー・リーディングの実践 (PHP新書)/平野 啓一郎
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「本を速く読みたい!―それは忙しい現代人の切実な願いである。だが、速読は本当に効果があるのか?10冊の本を闇雲に読むよりも、1冊を丹念に読んだほうが、人生にとってはるかに有益である―――著者は、情報が氾濫する時代だからこそ、スロー・リーディングを提唱する。夏目漱石『こころ』や、三島由紀夫『金閣寺』から自作の『葬送』まで、古今の名作を題材に、本の活きた知識を体得する実践的な手法の数々を紹介。特別な訓練を不要。「工夫次第で、読書は何倍にも楽しくなる」のである」カバー折り込みより
この本についてはもう書き足すことがなにもない。平野啓一郎はここで、まったく正しいこと…すでにこのような読み方を実践しているひとからすれば「なにをいまさら」というほどの、むしろ普通のことを書いている。ではなぜそのような本を、「スロー・ライター」であるこのひとがわざわざ書いて発表したのかというと、それが実際には普通ではないことを感じたからにちがいない。普通とは、一般的ということだが、ということはそのような読み方がされていないという実感が…彼はかきて側の、読まれる人間なので、むしろ苛立ちが、これを書かせたのではないでしょうか。最終章ではミシェル・フーコーの文体を「一般論VSフーコーの自論」とし、「社会の『常識』に対する筆者の挑戦」と分析しているが、ある意味では本書もそういったものとしていいのかもしれない。ここで速読は手厳しく批判され、その反対命題として遅読が推奨されているわけですが、「速読」じたいはむしろ「遅読」の補集合…「スロー・リーディングではない(丁寧ではない)読み方」すべての代表みたいなものであって、書かれてある本質は速読の否定ではなく、もちろん遅読の肯定でしょう。
なんというか、溜飲が下がるっていったらおおげさだけど…まったく、ふだんおもっていることがそのまま書かれてあるようで、どこかあった不安感も拭われるようでした。たとえば僕は、こんなふうに大きく時間をとった生活を選び、一日かけて本を読み、一日かけて書評を更新しということをくりかえしているわけだけど、こんなことはもしじぶんが激務のサラリーマンだったら不可能なんじゃないかとよくおもうのです(実行してるかたはたくさんいますが)。しかしスロー・リーディングは、当然のことながら読み終えるまでの制限時間をまったく設けない。もちろんどのような読書でも、卒論のテーマにしてるとか仕事で読まなきゃならないとかでない限り制限などないのだが、「速読」に代表される“一般的な”読み方は、「読み終えること」を最大の目標にして、「読んだという事実」それじたいを成果としているので、時間的制約を設けず、意識しなくても、自然とカウントはすすんでいくのである。しかし本来の読書とは、本を読んで内側に起こった心的現象のことをいうはずだったのである。そこにはそもそも時間の概念がない。「読書は、読み終わったときにこそ本当に始まる」(P37)のだ。時間がなければ遅読ということもありえないわけで、これはそもそも速読ありきの概念なのだ。逆にいえば、書かれてあることを丁寧に読みこむことさえできるなら、速読でもいいのだ。まあ、それはムリだということがここにはくりかえし書かれているわけですが…。ということなら、仮に僕がサラリーマンになり、更新頻度(読書量)が減ったとしても、深みのあるスロー・リーディングをするかぎりでは、その読書の価値は微塵も揺るがないのである。
読書の姿勢として、必ずそこにある「作者の意図」を想定し、探ることと、テクスト論的に積極的「誤読」をするという作業を同時に行うということがあげられている。
「本を読む喜びの一つは、他者と出会うことである。自分と異なる意見に耳を傾け、自分の考えをより柔軟にする。そのためには、一方で自由な『誤読』を楽しみつつ、他方で『作者の意図』を考えるという作業を、同時に行わなければならない」P72
この「誤読の楽しみ」というのは、書評ブログをやっているひとなら、多少程度の差はあれ、誰でも体験したことがあるんじゃないかとおもう。ここでいう誤読とはもちろん、読者側の創造力が生み出す豊かな誤読のことである。たんに「まちがった読み方」ってことではない。
そのためにじゃあなにをすればいいのかというと、たくさん書いてあるが、大きくまとめると、疑問や違和感を決して見逃さず、それをきっかけにして「なぜか?」と考えることだ。この本にはその「考える」ためのテクニックや注意点が、じつに細かく、具体的に書かれている。本書は半分以上がスロー・リーダー平野啓一郎による、名作群のかんたんな書評のようなものに割かれていて、はっきりいってとても実用的というか、なんかこう、やりたいことぜんぶかたちにしちゃうのが、完璧主義者(知らないけど)の平野啓一郎らしいなぁという感じです。
この手の本では、高橋源一郎の『一億三千万人のための小説教室』と並んでオススメであります。
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