第134話/結晶(たからもの)
片腕を奪われ、気絶した克巳の前にスティール・ボール・ランの「遺体」のような克巳の右手をちょうどお供えもののように置いて、ピクルが祈るように手をあわせる。神様、今日の糧に感謝します…ってか?
ピクルがもとの時代における恐竜たちとのすさまじいたたかいをおもいかえす。これまであまり描写がなかったので、体重うんぬん以前に、顔面のような急所に手が届かないという致命的な条件のもとで彼がどうやって巨大な恐竜を倒してきたのかどうしても絵が浮かんでこなかったのだが、これでちょっとわかる。くみついて手足で首を絞めたり、これは顎なんだろうか、とりあえずやはり高い位置にあるどこかをアッパーみたいに叩いたり…は、まだいいのだが、足裏の面積だけですでにピクルの大きさを上回るようなおそらくスーパーサウルスの踏みつけをうけとめてる描写はどうなのか。攻撃なのだから、重いばかりか速度もそれなりにのっているにちがいない。走ってる電車をとめるようなもんじゃない?スパイダーマンだって気絶するようなエネルギーだ。彼は止めたけど。
まあこれはもちろん静止画だから、このようになったある局面をとらえただけというふうにもおもえるけど、あとの書かれかたを読むとこれもきちんと受けきってるくさい。勝利への工夫もくそもない、ピクルは数字で恐竜を上回っているのだ。
「群雄割拠のこの時代
敵(えさ)に事欠くことはなかった
奪う相手には不自由しなかった
相手は超ド級のヘビー級
何の遠慮がいるものか
遥かに強大な相手から奪い取る
誇らしかった」
恐竜は生まれたときから強者だ。理不尽に巨大で、そなわった牙や爪も強力無比、最初っから生得的に強いのだ。“強い”という概念は、“弱い”というありかたが相対的に存在することではじめて成立する。逆もまたしかり。はなしにならないような他の生物とのサイズのちがいは恐竜をつねに強者として、また小さなピクルを弱者として規定したはずだ。そのような彼らの懐で、だからピクルはこころおきなく、彼らに対するある意味弱者として、自己を開くことができた。強くて当たり前の連中なのだから。
ところがいま目の前に倒れているものはどうだろう。サイズでは恐竜どころかじぶんより小さい。小さな手足、爪も牙ももたぬ些細な存在。しかるに、ピクルですら未体験のあの破壊力。ピクルが驚いたのは、T-レックスの牙やスーパーサウルスのスタンプに匹敵する衝撃を覚えたからだ。牙や爪を“体験”して生き残っている状況ってのはよくわからないが…。
ピクルは恐竜に比較すればはるかに小さいが、もってうまれた能力かあるいは並外れたファイターとしての気質が彼を鍛えさせたか、とにかく特別な存在として恐竜を倒してきた。でかいものが強い、強いものが強いという真理に逆らって存在することがげんにできたという意味では、ピクルの強さもある意味生得的なものであった。恐竜や範馬同様、最初っから強いという種類の生物なのだ。しかし相手のこのちいさきものはそうではない。言葉は、すなわち概念はわからなくとも、ピクルは克巳がその威力を得るために払ってきた代償…“犠牲”を感じとっていた。
「言葉を持たぬまま理解ることがある
あんなに柔らかく小さなものを―――
牙に――
角に――
爪になるほど研磨(みが)きあげたのだ
かけがえのない結晶(たからもの)…
それほど貴重な宝を
差し出された」
「強いものが強い」という身も蓋も無いあの時代では想像もできなかった、努力や犠牲という発想で得られた副次的な強さの価値を、ピクルはじめて感じていたのだ。そしてたしかに、あのとき克巳は我が身を食料として差し出していた。ピクルは克巳と右腕をおいて立ち去る。
「初めて選択する空腹のままの帰路
雄(ピクル)の五体に得体の知れぬ満足感が行きわたる…」
つづく。
ピクルが「価値」の概念を知り、「選択」をした。価値とは、かんたんにいってしまえば、ふたつのものを比べてどちらのほうが大切かという判断の基準だろう。最初からある強さ…恐竜たちにおいてはただでかいということがもたらすシンプルな強さと、新たに獲得された強さ。この比較において、ピクルは小さきものの犠牲に価値を覚えた。そして、食える状況で「食わない」という選択をしたのだ。努力という行為は、ある目的を達成するために行われる、できないことをしようとする試みだ。もしこれが文明の最小単位だとすれば、ピクルは文明に価値を見たことになるのだ。
これまでの強いから勝つ、勝ったから食うというシンプルな世界には、食べるか食べないかの選択はなかった。つまり、食事と闘争がつねに一致していた。ピクルは文明のきざしとともに「ただたたかう」ということの意味も発見するのだろうか?
なにしろ克巳が食われなくてよかった。キャラクターとしてはもういい意味でもわるい意味でも完結しているとはいえ、ある程度感情移入してきた人物の、それも食われて死ぬとこなんて見たくないですからね、正直なところ。
でもな…せめてもぎとらないでほしかったかな。
- 範馬刃牙 15 (15) (少年チャンピオン・コミックス)/板垣 恵介
- ¥420
- Amazon.co.jp
- グラップラー刃牙 21 完全版 (21) (少年チャンピオン・コミックス)/板垣 恵介
- ¥1,050
- Amazon.co.jp
- グラップラー刃牙 22 完全版 (22) (少年チャンピオン・コミックス)/板垣 恵介
- ¥1,050
- Amazon.co.jp