『グレート・ギャツビー』の原文を辞書片手に読みながらそいつを発見したのは夜中の1時ころでした。右手のふすまになにかのすばやい影が。
…でっか!蜘蛛、でかっ!
指を広げた僕の手の平くらいの大きさの蜘蛛なんですよ。こんなの見たことねえよ。僕はたしかに虫は苦手だがアラクノフォビアではないので、そりゃゴキやナメよりはましなのだけど、さすがにびびった。蜘蛛だからどうとかいうはなしではなく、とりあえずでかくてびびったのです。屋内にこんなサイズの虫が存在し得るとは。そのうえはやい。めっちゃくちゃに足はええ。なに?クモってこんな動きはやいの?
とりあえず僕は本を投げ捨てて椅子からとびおり、天井にいるそいつからいちばん遠い対角線の先に逃げて、思案した。叩きつぶしたり払い落としたりはむりだ。ティッシュでつかむとかも論外。殺虫剤ならともかく、僕はどうしてもその手の男らしいパワフルな行動がとれない。べつにかわいそうとかじゃないんだけど。
ゴキはともかく、他の虫に関しては、なにしろ夜型なので、明かりに引き寄せられるのかどこからともなく蛾とかカマキリが部屋に入りこむということはたまにあって、そういうばあいはうちわとかティッシュの空箱をつぶしたやつとかで窓際までおいたて、うちは窓が床に接しているから、そのまま網戸をあけてゴルフみたいに外のベランダに吹っ飛ばすという方法をとっていた。だが今回は完全に部屋の逆側にそいつがいて、窓際にいるのはむしろ僕だった。
死体ならなんとかつまんでビニールに入れてということくらいはできるはずだから、いちおうゴキ用の殺虫剤をかけてみたのだけど、やっぱダメ。加えて天井あたりという高い位置にいるため、どうにもこうにもやりづらいということもあった。
やがて覚悟をきめ、コンビニのビニール袋をうらっかえしにしてティッシュをしきつめ、手袋みたく手にはめてつかもうとしたけど、なにしろすばやくて、ふつうに逃がしてしまう。おもうに、あんなでかくてリアリティのあるものをティッシュでぐしゃなんて想像しただけでアレだから、無意識下にはまだ迷いがあって、意識と実際のふるまいのわずかなずれがクモの野性を刺激して逃がしてしまったのかもしれない。だからやはり窓まで追い立てることにした。僕はローマの剣闘士の如く右手に殺虫剤、左手にうちわを装備し、殺虫剤の噴霧機能(だからパワーがあればべつにファブリーズとかでもいいんだけど)とうちわを臨機応変につかいわけ、そいつを窓際まで追い込もうとしました。まじ他人には見せられない姿っすよ。どう見てもふつうに会社行ってるカタギではない、スキンヘッドに近いようなソース顔のヒゲのおっさんが、初期装備殺虫剤のへっぴり腰で、でかいとはいえネズミよりは小さいクモを遠くから追い立ててるんすよ。
殺虫剤の勢いで動かしうちわのぱたぱたで補正しということをくりかえして、なんとか窓のほうに連れていくことには成功したのですが、なにしろあっちも必死なので、しかしもたもたしてるうちに窓を通りすぎてしまいました…。その時点で二時間くらい経過していたかなぁ。要は右側の壁を伝わらせて窓のある壁までもってきたのに、そのまんま勢いあまって左まで運んでしまったわけです。右側は天井まである本棚だからわりと平板なのだが、左はCDやらこわれたオーディオやらなにやらかにやらがこれも天井まで複雑に組み合わせて置かれてあるから、さらに操作しづらくなってしまった。いろいろやってみたけど、どうにもモノが多すぎて動きづらい(僕が)。
どうしようかとまた思案していたら、よくわかんないけど、壁扇風機にかけてあったディズニーの大きな袋に、クモがじぶんから入っていったのです…!こんなチャンスは二度とない、ということで、彼がちゃんと奥まで(つまりこちら側まで)入るのを待って、猛スピードで袋をはがし、口をつかんだまま窓をあけて袋ごとベランダにポイしました。それがいまから一時間程前のこと…。つまり三時間以上クモと格闘していたことになるわけです…!あほでしょ?
いまどうなってるかは、それは見てみないとわからないことなので、僕は見る気ないので、わかりません。
このように、僕は僕の大切な勉強の時間をどんどんムダにしていくのである…!
アラクノフォビア