第127話/狩り(ハンティング)
克巳の必殺技・夢幻闘舞が決まった!アレ、入力がむずいんだよなぁ…。いっつもキラーンってなって、「キー入力ミス」って出ちゃって、「ああ、1ターンむだにしてしまった、通常攻撃でもよかったのに」ってなるんだよな。
でも克巳のほうはちゃんとあたりましたヨ。技を決めた克巳も決められたピクルもおんなじような顔してる。
そしてその衝撃波は「夢幻闘舞」がギャグにならない感じだ。アルテマみたいに放射状に広がる波が観客席の神心門下や烈、郭を襲う。道場では周囲のガラスを破るほどだったけど、鼓膜が破れたりとかは特にないみたいだ。それよか克巳の耳は大丈夫なのかってはなしだけど。烈はなにやら悔しそうだ。グラサンなのでたしかなことはわからないが、郭ですらが口をあけて呆然とした様子だ。たしかに、生身が生んだとはにわかには信じがたいエネルギーだ。
刺したナイフでも引き抜くかのように、からだを折ったピクルの胴体から克巳が左手を抜く。そして…ついにピクルが膝をついた!九回裏逆転満塁ホームランだってこんな歓声はおきまい、巨大なドームが一瞬浮かび上がるかのような神心門下生たちの叫びだ。バキは信じられないものでも見たかのような、郭対勇次郎を観ていたあのときの顔になってる。烈はやはりちょっと悔しそう。
「ピクル 1億9000万年の人生…………初
得体の知れない苦痛が腹部に発生
Tレックスの尾の重量感(おもさ)を持ったものが―――
自身の胃(ストマック)にピンポイントで突き刺さる
過去に体験したどの攻撃とも違う
彼らが手にしていない武器であった」
これは、まじできいてる。
ピクルの額には血管が浮き上がり、口からはよだれを垂らし、見開かれた瞳はなにもとらえていない。まさか克巳対ピクルでこんな局面が見れるとは、数カ月前までまったくかんがえられなかった。マッハの速度には、いかに頑強なピクルでも耐えられるものではなかったのだ。
しかしそれは、打ち込まれた左手にしても同じこと。マッハでなにかを叩くということは、マッハでなにかに叩かれるということでもある。克巳の左拳は見るも無惨に砕けてしまっている。どのぶぶんがどうなっているかもよくわからない、対バキのときの花山の拳みたいになってしまっている(花山はそれでも拳をかためたが)。
空手家のいのちと引き換えに、克巳は技を放った。はじめて真マッハ突きを成功させたとき、右手の感触がどうのといっていたが、あれはこのことだったんだろうか。とすれば克巳にはこうなることはわかっていたのだ。だから事前になにかを叩いてみるという当たり前のことをしなかったのだ。
しかし克巳は、笑みすら浮かべ、身を起こしざまむかってくるピクルを見ている。
「五体に刻まれたマッハの感触…
今や繰り出す技の全てに
最新の方程式は当てハマった」
全身無限関節のイメージに成功している克巳は、いまげんに放ったマッハ突きの感触を最後の一押しにしたということなのか、続いてマッハ蹴りを放つ!左上段廻し蹴りだ!ピクルの瞳が揺れている。さらに間髪入れず、返す刀で右の手刀。
「空手家 愚地克巳
21歳の夏…
灼熱の時間(とき)―」
これから燃え尽きて灰になりますと言わんばかりの煽りで、次回につづく。
この絵ではよくわからないのだが、左手同様、左足と右手もアレになっちゃうんだろうか?としたら、なんつう技なんだろう。メガンテみたいなもんだ。あとさき考えてたたかうレベルでは使用すら許されない。護身として、生き残ることを考えたら、こんな不合理な技はあるまい。きかなかったらおしまいだからだ。とすれば、いまの克巳はある意味で真の格闘家といえるのかもしれない。みずからのすべてを相手に向けて開示することに存在の主眼が置かれているから。そしてこの開示は、相手がピクル以外ではありえなかった。ピクルを相手とするために研究を重ねた結果、この技は生まれた。だから克巳はうれしいのだ、ピクルにそれをぶつけれることが。
とはいえ、克巳は動くたびに武器を失っていくわけだから、げんに勝負がどのように運び、どのような結末をむかえるかということを考えると、やっぱり状況はよくない。それに…仮にピクルがこれでノックダウンしたとして、克巳のほうでも致命的に四肢を壊して芋虫状態になってしまったとしたら、果たしてそれは勝利といえるのだろうか。さっきのメガンテではないが、この戦法が目指すところは、少なくとも「勝敗」ということにこだわるなら、「相打ち」なのではないか。克巳の「勝つからやる負けるからやらないとかではない」的な発言はここに返っていくのかもしれない。克巳は勝つとか負けるとかの次元ではなく、うえにも書いたようにみずからのありよう、空手というじぶんの存在価値の限界までの提示、このファイトで克巳はここにこそ価値を見ているのかもしれない。