『アメリカン・スクール』小島信夫 | すっぴんマスター

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(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

■『アメリカン・スクール』小島信夫著 新潮文庫
アメリカン・スクール 改版 (新潮文庫 こ 7-1)


「アメリカン・スクールの見学に訪れた日本人英語教師たちの不条理で滑稽な体験を通して、終戦後の日米関係を鋭利に諷刺する、芥川賞受賞の表題作のほか、若き兵士の揺れ動く心情を鮮烈に抉り取った文壇デビュー作『小銃』や、ユーモアと不安が共存する執拗なドタバタ劇『汽車の中』など全八編を収録。一見無造作な文体から底知れぬ闇を感じさせる、特異な魅力を放つ鬼才の初期作品集」
裏表紙から





また一冊、一生もののマスターピースに出会ってしまった…


もう何冊目かわからない、このひとの小説はこれまでにもけっこう読んできたけど、すっと納得できたことはいちどもない。いや、「すっと」どころか、納得できたことじたいがない。とにかく“変”なのだ。ヘンテコなのです。無骨で土臭い、しかし病的なほど執拗に、ざっくりと読者の内側に侵入してくる文体もそうだし、内容も「意味がわからない」というような段階ではなく、もう…ヘンなんです。読みながら“この感触はなになにに似てるな”とかいう比喩が浮かんでいればこれを書くにもとても楽だとおもうのだけど、そういうのはいっさいありません。違和、異質が、実体をともなってものすごい威力で迫ってくるのです。小説でも音楽でも人物でも、ほかのなにかの異質な感触をして、“小島信夫の小説みたいだ”ということはたぶんできるけど、逆はない(これもなんかどっかで誰かがつかっていた言い回しのような気がするな…)。


文体も内容も、すべてはひとつながり、ふつう僕らがある人物と接する際、パーツごとに分けて認識したり、ある部分から(顔立ちとか)その全人格を断定してしまうようなことはせず、たとえば服装とか声とかくちにすることばとか、それらぜんたいの複合的な印象として知覚するように、これは分離して考えることはできないわけだけど、もちろん意味はあるし、手掛かりにもなる。小島信夫の小説を読んですぐに気付くのはその文章のきめの粗さだ。熱中して読みながら冷静に返るふとしたときに、順序を変えたり削ったり、つい添削したくなってしまうような非常にバランスの悪い文章なのです。そして振り返りもせず時流そのもののようにぐりぐり行く感じがこの圧倒的な違和感と迫力を生んでいることはまちがいない。むりやりに考えれば、雑な粘土細工のようなことをどことなくおもう。準備した割り箸かなんかの芯棒のうえに、おもいつくまま(というか手の動くまま?)ぺったぺた力付くにはりつけていくみたい。これは即興演奏やフリースタイルにおける一回性の感覚にも近いものがある。息をとめて筆が、物語が誘導するままに、次から次へとことばをつけたしていくようなのです。もちろんどのような即興演奏も、最初からある程度構図を決めているとかでなければ尻切れになってしまったり食い込んでしまったりということはあるわけだけど、その緊張感、生身の迫力は、練習を重ねた楽曲の比ではない。これまでその一曲が演奏されるまでに堆積してきたすべての出来事…音楽的か否かも問わない、人生の部分の集合が演奏に反映されるのだから。

こんなふうにおおげさに書くのは、むろん他に書きかたが見つからないからです。もちろん、たとえば「戦後」ということや、「軍隊」、「アメリカ」、「女」というワードをアイコンとして、リアリズム的に、私小説的に物語を紡いでいくようなところは小島信夫にもある。そしていつものようにそれをたんなる素材だと言い切ってしまうことも僕にはできない。「戦争」や「アメリカ」は宿痾のように、遺伝的疾患のように小説にまとわりついている。しかしやはり、そういうことでもないんだなーという確信もある、気がする。


なんかもう小説飽きたなーとか、言葉だけじゃどう考えても情報が少なすぎる、映像には勝てないとかおもいはじめているひと(もちろんそれなりの葛藤を踏まえていなければいけないわけですが)にぜひ読んでもらいたいですね。文字が並ぶだけの小説という事態がなぜこんなに大勢の人間を魅了するのか、たんに物語を読む楽しみとか詩的で美しいことばを味わうとかぜんたいで比喩となる表現方法とかいうこと以上のなにかが小島信夫の小説にはある。それこそが「小説」ということなのだとおもいます。


全編傑作なのだけど、処女作の「小銃」や「星」なんかは特にすばらしい。またこれは講談社文芸文庫の『戦後短篇小説再発見10 表現の冒険』にも収録されている「馬」も、ヘンテコ度では比類がない。これは村上春樹が『若い読者のための短篇小説案内』(文春文庫)で取り上げ、論じていたものですね。


若い読者のための短編小説案内 (文春文庫)