サラリーマンくん21/第112話
融資詐欺のために、小堀宅で実印やカードを入手した板橋は、丑嶋から次の指示を受ける。連帯保証人である小堀を同行させて、信用金庫の融資係の審査を受けろと。融資係は丑嶋に抱き込まれている人間ではあるが、それでもいちおうは目の前で契約書に記入しないといけないみたい。小堀本人にたのむのは問題外だし、小堀に似た人間を連れていくなり免許証をパクるなり、いずれにせよ当座の金が必要だと板橋は判断し、ネットカフェから電話して「アゲアゲファイナンス」に融資を申し込むことにする。
「アゲアゲ」の融資係とちょっとした質疑応答のやりとりがあって、ここで板橋がどこまでほんとのことを言っているのかはちょっとよくわからないのだけど、とりあえず板橋は「小堀」と名乗り、住所もでたらめのものを口にする。そして健康保険証のコピーをファックスして審査の結果を待つのだが…。このシーンはかなり疑問。というかふに落ちない。いくらまともに世界を読めなくなっている板橋にしてもてきとーすぎないか?!保険証のコピーは小堀のものみたいだけど…、だめだろこんなんじゃ。
もちろんウソはばれ、15分後の電話口に出たのはさきほどとはうってかわった、脅すような態度の融資係だ。このやりとりも…よくわからん。板橋のリアクションが不自然。「気分悪ィからよォ!!」に対して「気分悪いんですか!?」って…どういう意味だ?
とにかく、板橋は本名で(あとタケシのモノマネで)12000円をゲットする。これをくりかえして10万円つくるつもりみたい。けっこういまの板橋は、崖っぷちのこわいものなしみたいな心理状態なのかもしれない。じぶんでは気付いていないけど。
他方の小堀は今夜も残業だ。
「今日は駅前の漫画喫茶で寝ようかな。
奥さん怖いし…
家までの往復三時間半の分、寝れるもんな…」
ふと携帯をみると、例のしおりからメールがきている。相談があるからいまから会えないかと。小堀はのこのこ居酒屋に出掛けていく。もちろんこれも板橋の罠だ。小堀が酔っ払ってトイレにいったすきに、しおりは小堀の上着から免許証を抜き取ってしまう。
闇金めぐりで小金を手にした板橋はしおりに約束の金半分と光熱費を支払い、ゴミ溜めみたいな部屋の真ん中に立ちつくし、自嘲というにはあまりに暗すぎる表情で「やっと人間らしい生活が出来る」とつぶやく。
「ゴミに埋もれた、
人間らしい生活…
やりたくねー仕事で嫌な奴らにコキ使われる、
人間らしい生活…
ネットで無料のエロ画像拾ってオナホールでオナニーする、
人間らしい生活…
くそっ!
400万引っ張って…小堀のカードで金作ったら、
会社なんか辞めてやるぜ!
その金で物価の安い東南アジアのどっかにでも行って、日本を捨ててやる!
本当の人間らしい生活を取り戻そう!
一からやり直すんだ!」
そして翌日、わけのわからん、幸の薄そうななにものかを小堀として、板橋は信用金庫の融資係と対峙する…。
…やっぱきっついなーこのマンガ。僕はサラリーマンではないが、よっぽど強く意識的に日常を送っていないと飲みこまれてしまいそうだ。
ちょっとした疑問が。先週号がてもとにないので確認できないのだけど、板橋が小堀宅に入ったのは、少なくとも夕方でしたよね。夫は帰り遅い、みたいなことを結子が言ってましたから。そうでなくても、そのあとで板橋がしおりと会ったのはまちがいなく夜だった。となると、今週のはなしはすべてそれから一夜明けた、最低でも一日後のものということになる。冒頭の丑嶋と電話している絵は夜ではありませんから。
さらに小堀の「今日は漫画喫茶で~」というセリフから、この前日はきちんと終電で帰宅していることがわかる。すべての描写がばらばらに、時系列を無視して書かれているということでもないかぎり、板橋が自宅にやってきた日に小堀は帰宅し、しかも翌日なんの危機感や不安も見せずにふつうに仕事をしているわけだ。絶縁した板橋の訪問を小堀が許すとはおもえない。つまり結子が言っていないのだ。
それは結子からしたら、夫の古い友人がたずねてきたというだけのはなしだし(結子も友人なのかな?)、それをわざわざ、ただでさえ険悪なのに、布団を起き出て、終電で帰宅し朝早く出掛ける夫に伝えることもないのかもしれない。
真鍋昌平は絵のわりに几帳面な、きちんと物語を設計するひとなので、あるいはそうでなくてもだらだら惰性で書くような作家では決してないので(思いつき、みたいのはときどきあるけど)、なんとなくで失念するようなイージーミスはあまり考えられない。
小堀は仕事で車をつかっているし、免許証の紛失にはすぐ気付くとおもわれる。というか、板橋が信用金庫に来たのは昼だから、たぶんこのときに小堀は気付いてるにちがいない。この描写ではしおりが財布ごと盗んだのか免許証だけ抜き取ったのか不明だが、このあとの居酒屋の会計を考えると、おごりにしろわりかんにしろ、小堀は胸元を探ったはずだし、そうなると財布はそのままと考えるのが自然だろう。小堀は免許証のみの紛失に気付いて、どっかで落とした、とおもうだろうか?
結子が板橋来訪を伝えなかったことは、だからこのことも含めて物語的な操作(あとでぜんぶ同時に気付かせて盛り上げる、みたいな)とも読めるけど、やっぱりそういうあたりまえの会話がないということが重要ですよね。
こう読むと、けっこうコミックス意識してるなーとかおもいます。これを通して読んだとき、たぶんいま僕がおもっているより、もろもろの紛失に誰も気付かないことの違和感(出来事のみが宙ぶらりんになって、ひととひととが触れ合っていないような感覚)と、板橋の世界と小堀たち通常人の世界がくっきりと乖離しながらひどく接近もしているという感覚(この物語が特殊を素材にした普遍の物語だという感覚)をより強く感じるんじゃないんですか。