ガイア幻想紀 | すっぴんマスター

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(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

「すっぴんマスター」というブログタイトルなのにぜんぜんゲームの記事ないですよね。ゲームは好きです。ただゲーマーというか、幅広くやっているとか、裏技とかじぶんで見つけるような感じではなく、好きなゲームを何回も何回もやりこむタイプです。小説や音楽とおなじです。しかし僕の「ゲーム」の認識はスーファミで完全にとまっています。プレステが出た当時はバイオハザードとかやったりしたのだけどなぜか攻略できず、結局スーファミばかりやっていて、購入して一年もしないうちに友人に売ってしまったほどです。そのうえソフトのほとんどを前の彼女の家に置いたまま別れてしまい、またアダプターの調子が悪くて電源が入ったり入らなかったりということもあるので、ここ二年くらいはスーファミすらやっていません。





だからもう、ほんとにぬるい感じのプレイヤーだし、好きなものを紹介するとしても書評やるみたいに掘れるわけでもないので、つまらないとおもいますが、ちょっとだけ書いてみます。



すっぴんマスターと銘打つくらいだからファイナル・ファンタジーも大好きなのだけど(むろんスーファミ)、やっぱいちばんはコレ。



■『ガイア幻想紀』エニックス

シナリオ:大原まり子

ガイア幻想紀






主人公の少年・テムは、幼いころ探検家の父・オールマンとバベルの塔に赴き、ひとり生還して以来不思議なちからを使えるようになった。つねに携帯している笛で離れているものを動かしたり、軽い予知能力があったり…。





そんな彼や友人たち、それに彼を養う祖父母の住まう平和な港町サウスケープに、エドワード城の王女がやってきた。テムと同い年くらいのプリンセス、カレンは、城の不穏なうごきや父親であるエドワード王の采配に納得できずに、町に逃げ出してきたというのだ。カレンはテムの目前で兵士たちに連れ戻されてしまうが、翌朝になるとテムもエドワード城に召喚されることとなる。王は、父オールマンの所持品、水晶の指輪を欲しがっているのだ。むろんテムはそんなもの知るわけもない。わけのわからない理由で、テムは牢屋にぶち込まれてしまう。





なすすべなく牢屋のなかにじっとしているテムだったが、そのときテムの笛から懐かしい父の声がきこえてきた。(どんなことを言われたのだったかどうしても思い出せない。なんにしても、テムに冒険を決意させるようなひとことだったはず)







カレンのペット、コブタのペギーから牢屋のカギと手紙を受け取ったテムは、いまもカレンは城を抜け出したがっていることを知る。こうなったらもう、やるしかねぇっ!







牢屋を抜け、エドワード城地下水脈に出たテムが目にしたものは、しかしおぞましい魔物の群れだった…。





以降テムは、彼しか入ることのできない空間で手にする“闇の力”や友人たちの手助けを得てムー大陸や万里の長城、アンコール・ワット、ピラミッドといった世界中の遺跡を巡り、ミステリードールというなにかを集めてまわることになる。物語はほとんど一直線なのだけど、最初の大きなミステリーがだんだんに解けていくのは気持ちがいいし、ステージごとの謎解きも一級品だとおもう。





これはアクション・ロールプレイングとでもいえばいいんですか?ドラクエとかファイナルファンタジーは、あるキャラクターを任意に操作しながら(ロールをプレイしながら)世界を探検し、敵とのたたかいはコマンド入力が主ですよね(「まほう」→「アルテマ」みたいに)。これはそういうのではなくて…まちがいなくロールプレイング的にキャラクターをコントロールするものではあるのだけど、同じフィールド上に敵が現れたら、テムをそこまで歩かせてAボタンを押し、笛でがしがし叩いて倒すという…(もちろんこんな説明はたぶん男性全員、そうでなくても少しでもゲームをかじったことのあるかたには無用だとはおもうけど、僕じしんがそうではないので、まあ自己確認的な意味で書いています)。





とにかく小学生当時の僕にはこのバトル形式じたいが新鮮で、というか「こういうのがあったらいいな」っていうのの具現で、友人の家ではじめて目にしたときはそれは興奮しましたよ。ゲームなんかはっきりいってどうでもいい、あってもなくても同じという程度の認識だったけどすぐに手に入れましたもん。テムが“闇の力”で変身する戦士タイプのフリーダンや、スーパーサイヤ的なシャドウもかっこよかったし、ひとりの運命が世界のそれと直結するというのもよかった。ふつうのRPGでは“選ばれたもの=勇者”という概念は常識だったけど、こっちへの感情移入のしかたはふつうではなかった。よく知った遺跡…ピラミッドやなんかがリアリティを呼びこんだというのは少しはあるとおもう。だけどこれをやって「この事件はいまこの瞬間地球のどこかで起こっている」という、ジョジョが孕む種類のリアリティは誰も感じないはずで…。じゃあなにがよかったのかって考えると、これはテムが最初はちょっと不思議という程度の少年で、これがしだいしだいに成長していくということと、あとはやっぱりこのバトル・スタイルですよね。





テムが僕らの現実世界にもある遺跡を巡り、魔物を倒して少しずつ世界の謎を解いていくというのはもちろん意味のあることでした。過去の記録を解きほぐしていくことはそのままこの星の成り立ち、仕組みを暴いていくことであり、また謎に満ちたテムじしんの過去を調べることでもあった。テムはこの星の具人化した存在なのだから。だから逆に考えればこの物語は、ひとりの人間の半生を星というメタファーに託したものとも考えられるんですよね。てもとにゲームないし、あったとしてもすぐに見たいところにはいけないわけだけど、世界とじぶん(テム)が“一致している”という感覚は、テムに語りかけるさまざまな人物・出来事を介して、ずっとあった。これがよかったんじゃないかなー





具体的な物語の細部や、音楽、デザインなんかが作用しあってもたらす世界観、世界の感触もすばらしい。たとえば花の都フリージアという街は、表側は花びらの舞う非常に美しい街だが、一歩街の裏路地、アンダーグラウンドに入るとそこは奴隷売買が横行するまさに黒い世界。この感覚…背後の見えない場所からこころを引き裂くような悲鳴が反響するように聞こえてくる感覚は、ゲームを通して最後まである。登場する「村人」たちは、どこか現実を知りすぎたようなところがあり、通常のRPGのようにいつ話しかけても同じこたえが返ってくる、という状態なのに、なにかあきらめきったような、虚脱したような感じがある。いまおもうと、というか何年もやっていない僕みたいなプレイヤーにもこんな感触を記憶させているのは、けっこうすごいとおもう。どこにいっても、誰とはなしても、どこか暗く、じっとりとした陰部を感じてしまう…。これはまったく、僕らの生きる現実そのままですよね。主人公やその仲間が少年であるのはそういう意味もあるのかもしれないな。





うーん、懐かしい。やりたくなってきた。スーファミのアダプターって、まだ売ってんのかな?





…あ、ダメだ。ソフトないわ。