今週の闇金ウシジマくん | すっぴんマスター

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(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

近所のレンタルビデオ屋が火曜日旧作100円なので、ドラゴンボールのアニメ二枚とガキ使と映画まとめてごそっと借りたら店員に、え?これを二泊で見るわけ?みたいな顔されました。なんでよ、いつもこの組み合わせじゃん。




それにしても板橋…。これは典型的に(といっていいのかわからないが。まわりにいないので)、人生の矢印を見失ってニヒリズムに陥っている状態。ひとは誰でも、必ず、いつか死ぬ。この、たったいま生きているリアルな生でいかに成功し、達成を果たしても、すべての人生は死という括りで強制的に時間との関係を断たれる。このようなどうしようもなく、かつつらすぎる事実に、誰しもじつは潜在的に気付いている。死の括りによる区別が交換不可能な自己というものを形成するというのはじつはかなりポジティブな考えかたで、リアルなところ、この事実はかなりこころにこたえる。成長性や目的意識を失った人生は露骨にこの事実をつきつける。作中の板橋は仕事も人間関係もさっぱりなキャラクターとして設定されている。そして彼じしんは、そのようなぱっとしない現実がじぶんの人生を暗いものにしていると考えているにちがいない。彼のフリーターに対する言からもそれはわかる。しかしじつはそうではない。彼のあのような現実は…「生きる」という意識の矢印の
欠如それじたいからきているのだ。成長性、目的意識以外に、生をいきいきとさせるものはない。これが除かれれば、能力云々以前に当然仕事にも身が入らないし、結果も出せない。ただ“点”として存在するのみの板橋は、それでもなにかを生産したいという、いってみれば人間が“存在”することそのものがもたらす根源的な欲求にかられ、自己破壊的なギャンブルに走る。


今後物語がどのように転がるかは、まったく予想がつきません。しかし…小堀があのように努力の実らない、つまり「成長しよう」というきわめて人間的にしてかつ正しい意識がじっさいの結果につながらない環境(想像力に欠けた上司、理解のない妻…)にある以上、彼がこれの意味を見失い、ニヒリズムに陥る可能性はあるとはおもう。最後のページにある…なんだろうあれは。次回予告みたいなやつを見る限り、雑誌側もやたらに小堀の転落を望んでいるようだし。しかし以前書いたように、今回の「小堀から板橋」という感情移入の流れは、まさにこれまでの「読者から主人公」という流れに等しいから、そんなふうにかんたんにはいかないようにもおもいます。誰しも「主人公くん」になりうるというこれまでのかたちが、作品内にそのまま写されているわけです。というか、そういうふうに僕には見えます。笑えないですよ、これはまさにあなたの物語なんですよと、ウシジマがモグロフクゾウ的に告げる構造が、より強烈に、技巧的になっているのが、今回の「サラリーマ
ンくんたと」思うのです。


しかし…板橋のフリーターについてのつぶやきは、じっさい堅気に生きる社会人の本音なんだろうなー。べつになんの反論もありませんが。“いまはただ、前を向いて進むだけ”by S-WORD。