プロフィールのところからいける『一問一答』ってやつ、この「問」っていうか、「フリ」、アメブロが考えてるのかなあ。ちょっとおもしろいんですけど。『笑点』の大喜利的で。僕らも空気的にひとことで応えなきゃならなくなるから、おのずと意味を含ませたふかーいものになる。まさにコノテーション…。
外国人(たぶん英語圏。アジアとかは知りません)にいちばん人気のあるジャパニーズ・コメディアンは志村けんなんだそうです。つまりデノテーションの笑い。バカ殿に代表されるおもしろい見た目にとんちんかんなふるまい、大袈裟なリアクション、そういうのがいいんだそう。逆に国内では絶大な人気を誇る松本人志は、少なくとも笑いに関しては、あんまりだそうです。想像だけど、僕の大好きなタモリなんかもダメなんじゃないかな。『日本語の復権』でくりかえし論じられていたように、僕ら日本人はほんの小さな子供のときから、コノテーションを探ることに馴れている。かんたんにいっちゃえば、僕らは言葉を、空気を読む達人なんです。日本語の必然からね。俳句や短歌に代表される短詩文化を見れば一目瞭然でしょう。日常にもありますよね。アレがあーなって、あーしよう、みたいな、とても伝達の手段とはおもえない使いかたをしても、仲間内ならだいたい意味わかるし、むしろわかんないやつのほうがアホみたいになりますよね。ギャル語みたいな、ある特殊な共同体のうちでしか通用しないような言葉がぼっこんぼっこん生まれ
るのも、そういうこと。僕らは松本人志のおはなしをきいて、彼の言葉や表情が含むさまざまなことを、意識せずとも感じとれる。じっさいのネタの本質ではない、たとえば、そこはそんな説明しなくていいよ!とか、マネージャー出てきちゃったよ!みたいなつっこみにあらわれるような笑いを、別にお笑いの勉強をしなくても、知覚できる。
もちろんこれは、文化の閉鎖性とか、冗長性が排除され、つねに相手の読解力を期待しているためにその「思いやり」に甘やかされ、表現の本質が見失われてしまう、とか、いろいろ問題を孕んではいます(『日本語の復権』読んでみてください)。しかし笑いに関していえば、ぜったい得してますよね。いや、得っていうか…なんだろ、高度だと思います。
ところでこの一問一答って、どこで拾ってくるんだろ?僕は他のブログ覗いて、『自分も答える』ってやったんですけど…。もっとおもしろいフリないかなあ。こたえは寒いかもしれないが…。
■追記
考えたら…いや、考えたらっていうか、もしかしたら『日本語の復権』に書かれてあったことかもしれない。覚えてないけど…日本人の「流行りもの指向」みたいなことも、言語学で分析できるのかもしれないな。つまり…共有言語=仲間うちだけでつかえる言葉としての「美輪明宏待受画面」、「ヨン様」、「桜塚やっくんファンであること」、「エビちゃんファッションにあること」…。それが含む意味性=コノテーションは「甘え」から忘れられ、みんながつかう「言語」だからとして、記号としてただ使用される。「察知」と「表現」が一致していない状態…。こわっ!