『クリスマスの思い出』トルーマン・カポーティ | すっぴんマスター

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(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

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これは僕があらゆる短編小説のなかでももっとも愛読している作品のひとつで、こんな小説を書きたいなーと、常々思っているものです。筆者であるカポーティの影を多分に含むバディ、壊れやすい幼さを内側に残したままのおばあさん、ちびのラット・テリヤ・クイーニー、という三者の親密な関わり。ちょんと軽く押しただけで壊れてしまいそうな儚い世界だけど、三人はその内側で大切なものとの関わりだけに生きていく。もちろんそんなものは長く続かない。人間は時間を生きるものだから。この小説は文字通りどこを取り出しても深く心に残るようなことばと世界がつまっていて、読み終わったあと、すべての読者の胸のうちには寂しさを含んだ優しい沈黙が満ちているはずです。
…いやいや、変なはなし、理屈抜きで好きな小説って、まだ僕のスキルだと分析しきれないところがあって…(あるいは、したくない、とこころのどこかで思っているのかもしれない。甘えてるんだよなぁ)。だから村上春樹訳の『クリスマスの思い出』訳者あとがきで、春樹が見事な解説をしているので、略しつつ抜き書きをすることにします。

「『クリスマスの思い出』のいちばんの特徴は悪意というものの不在だろう。もちろんその影と予感はある。(略)。
それでも、ここに描かれているのは完璧なイノセンスの姿である。(略)。彼ら三人(二人と一匹)は誰もが弱者であり、貧しく、孤立している。しかし彼らには世界の美しさや、人の抱く自然な情愛や、生の本来の輝きを理解することができる。そしてそのような美しさや暖かさや輝きが頂点に達して、何の曇りもなく結晶するのが、このクリスマスの季節なのだ」



ラスト三ページ、彼らの繊細な小宇宙は、理不尽かつ必然的に破壊され、決定的に失われる。その場面にある、誰もが感じるにちがいない圧倒的な「喪失感」。短編小説が好きな方、いやいや、小説やことばが好きな方でこれを未読の方、ぜひぜひ、読んでみてください(…そんな人いないかな)。新潮文庫では龍口直太朗訳で『ティファニーで朝食を』に収録されています。またさっきも書いたように村上春樹訳も出ていて、こっちは文藝春秋からハードカバーでカポーティ作品集『誕生日の子どもたち』と山本容子の挿絵つきの『クリスマスの思い出』がでています。翻訳内容はまったく同じですし(絵はないけど)、他にも「感謝祭の客」や「無頭の鷹」といった名作も収められているので、作品集のほうがお得な感じはします。翻訳に関しては、僕は最初に龍口訳を読んでいるために個人的にはそっちのほうに親しんでいますが、どちらも素晴らしいので(春樹のほうがややクールかな)、お財布と本棚に相談してください。


ちょっとススメ過ぎかな(笑)