映画『ロード・オブ・ザ・リング』の世界は言葉に支配されている。言い方を変えれば、言葉でできている。指輪に刻まれた文字をフロドは読むことができないが、それは「口にしてはならない」モルドールの言葉だった。逆に浄き言葉であるエルフ語で「友」と唱えることで、ドワーフの地下鉱山への道は開ける。これについてフロドは、なぞなぞだ、というようなことを言っていたが、見たところ、ドワーフたちは日常では英語(すなわち人間の言葉)を用いているようで、そうでなくても少なくともエルフ語ではなくて(両者はひどく嫌いあっている)、開門の合言葉がエルフ語であるというのはすなわちこの言語が聖なる属性に含まれる特権的なものだということだろう。また、指輪について話し合うために種族を超えた会議が行われたのは、エルフの住み処である裂け谷である。もともと原作者のトールキンは言語学者で、自らが一から考え、作り出したひとつの言語体系をエルフ語として、この物語を創造したのだという。だからエルフ語が、種族を繋げる、普遍
性と特殊性を同時に孕んだもっとも力のある言葉であるのだろう。オークたちの言葉はその対極にあり、排他性の象徴である。しかし彼らはほとんどしゃべらない。うめいたり叫んだりするだけだ。そのことを知っているからか。また、冥王サウロンは身体を失っている。だから指輪を求める。指輪はサウロンの言葉か。サウロンがどの言葉を使い、どの種族に属すのかはよくわからないが…(劇中の英語はすべて便宜的なものだろう)。彼らオークはもともとエルフだった。しかし一時の力に惑わされ、聖の言葉を失い、あの姿に堕ちた。この過程は、もとは最高位の天使だったルシファーが、神に背いたためにサタンに堕ちた話に似ている。エルフの人々、レゴラスやアルウェン、エージェントスミスの人やあの女王さまなんかは奇跡みたいに美しいが、オークは見るもおぞましい、醜い姿をしている。「口にしてはならない」言葉を選んだ反逆者だからか。この世界では、まず最初に言葉があるようだ。エルフ語があり、それが輝きを放つものである以上、その影の力を備えたもの
も必ず存在する。だから人々は、強い力を秘めた指輪に魅了される。それはモルドールの言葉の、まやかしの力である。使い手の問題でも最初からあったというわけでもない。モルドールの言葉は、そして指輪は、『マトリックス』で救世主ネオに対してスミスが力をつけたように、世界の均衡を保つために生まれたエルフ語のことなのだろう。