TsKyhigh...coversation with myself... -3ページ目

TsKyhigh...coversation with myself...

日々感じたことを書き連ねます。
主に頭の整理のために物書きをします。
何気なく書いた文章がどこかで誰かの役に立つことを願って。。。

英語への考察

subjectはsub(下に)ject(投げる)。何を投げる?影響、作用、力etc.それがverb.じゃあどこに投げる?object.に投げる。それが英語の基本構造。だから英語の動詞の9割が他動詞。SVOが英語の論理構造の基本。そこからSV型とSVC型の構造を決定すれば完成。

SVOC型は上の三つを組み合わせればできる。

手書きで書いたノートをいずれ文章化してアップするつもり。
仮説が書きまくってあるノートがあるので。
気まぐれなのでいつになるかわからんけど、少々お待ちを。

ちなみにこれで英語ができるようになるわけではなくて、
日本語にも応用可能な論理構造、作法を知るために考察した次第です。
言葉足らずで説明になってませんが、まとめときたいので、書きました。

2012.2.14 tue
さて、続きいきますか。
あえて編集せずにいきま~す。
こういうときは昨日の自分は他人みたいなものなんで。

subjectとはverb(作用、他への影響)の可能性を秘めてるものと考える。

objectとはverb(作用、他への影響)を受けるものと考える。

ただし、subjectと大きく区別しなければいけないのは、可能性ではなく、実際に起きていること、もしくは観察者(第三者)を要するということ。

もう少し色んな説明を並べてみるのでしっくりきたもので理解してみてください。

objectの存在条件は、subjectよりも厳しいものだということ。

予備知識というか、前提条件の確認として。。。
名詞はS(=subject)、O(=object),C(=complement)のいずれかになれる。
文法上ではこういう風に習う。というか、名詞の機能の定義だ。 
ここでは文法のお話がしたいのではありません。
なぜ、名詞の説明をしたかというと、次のような時を考えて欲しいから。

世界に何か物体があって、それに名前があるとする。
人でもいいし、動物でもいいし。何でもいい。

その物体をあなたは目の前にしている。
つまり、あなたはその物体の観察者である。
その瞬間のあなたに質問です。

Q:目の前の物体はsubjectですか?それともobjectですか?

何その質問?判断要素がたりないじゃん!強いて言えばsubject?

大正解。

では
Q:なぜsubjectとobjectが決めれないのか?

A:verbが無いから。

世界に物体があった時、どの物体もsubjectであるとは言える。ほぼ無条件に。
(認知、認識の観点からは反論が成立するけど、ここでは保留。この後、どこかで触れる)
たとえこの世界にその物体しかなくても、真空で風の圧力(verb)などの可能性を排除しても。

つまり、objectたるにはverbが必要なわけです。

ここで言いたいのは、objectの存在条件の厳しさではありません。

物体(名前を持つ)がある世界に存在した時に、その物体(名詞)を区別するときにverbが必要であるということ。つまりverbあっての世界ということです。


それが証拠に、さっきの例で、objectが存在しないと確定した時に、つまりその物体がsubjectであると決定した瞬間、verbはいわゆる自動詞という名前をもらいます。

なぜ名前がつくのか。
(これはverbに限らない問いです。認知、認識の範疇に大きく足を踏み入れることになります。)

それは名付けるということで、verbという集合体から、一部の特別なverbをくくりだすためです。
一部の特別なverbには役割がある。判断基準となる。
つまり、objectは存在しません、という証明になる。
その一部の特別な動詞があるおかげで。

そのverbは世界に存在する物体(名詞)に
「あなたは正式にsubjectとして認識されました」
と伝える役割を果たす。
この瞬間、物体はsubjectとして振る舞うのです。

-------*-------*------*------*------*------*------*------*--------

ここでなぜ擬人法を使っているか。
それは観察者がいなければ、物体は認知、認識されないという仮説に基づいているからです。
そして言葉は誰かに伝達するための道具でもあります。
それは観察者がいて、第三者がいる時に成り立つことです。
観察者ありきなのです。観察者がいなければ、いくら物体がsubjectとして振る舞っても何も意味を持ちません。

そして何より、発せられた言葉の中で、もしくは記された言葉の中で、その物体(名詞)がsubjectとして振る舞っていると分かることが、いわゆる言葉が分かるという状態(無意識であっても)なのです。

-------*-------*------*------*------*------*------*------*--------



この一部の特別なverbたちは、面白い特性を持っています。
それはさっき、verb(作用、他への影響)と書いたにもかかわらず、
これらのverbはむしろ逆。subjectの方に矢印が向いているような感じさえ受けます。

おっと、ここで矢印という言葉が出てきました。
何が逆?って思って人もいるでしょう。矢印が逆ということが言いたかったのです。

矢印はこの文章では、普通の言葉ではなくて、重要な意義を担っているので、キーワードというか、テクニカルタームです。数学で習う(習った)ベクトルの概念を浮かべてくれればいいです。
しかし、この文章では物体という言葉が多用されているように、物理の力学分野での矢印の振る舞いやベクトルの意義をイメージしながら考えた方がいいかもしれませんが。

矢印の書きだしを始点、伸びる方向を終点と言います。
           
            (始点)⇒(終点)

verbはこの矢印で考えると分かりやすいです。始点がsubjectで、終点がobjectと考えます。
英語の基本型のSVOはS⇒Oと考えるというわけです。
話を戻しましょう。もう一度同じ文章を繰り返しますね。

この一部の特別なverbたちは、面白い特性を持っています。
それはさっき、verb(作用、他への影響)と書いたにもかかわらず、
これらのverbはむしろ逆。subjectの方に矢印が向いているような感じさえ受けます。

まるでこれらのverbが単独でsubjectに影響を及ぼしているような、空気のような存在ですね。
物体の周りにぺたっと張り付いているような、そんなイメージ。

だいぶ勿体ぶってきましたが、これが自動詞です。自動詞の中でも、さらに際立ってこの能力というか性質を帯びているのが、be動詞、というわけですね。

なぜbe動詞かって? それは上で説明した機能(役割、性質、能力)を持つverbがbe(原型)だったからです。これじゃいまいち説明になってませんね。

ちょっと長い説明になります。言葉と認知、認識についてです。これに触れないといけません。

世界を認識した時、何を以って認識したとするか。
これは独りよがりではいけないので、みんなにも通用するようにしなくてはいけませんね。
俺は認知した、いやいや俺が認知したみたいな、お笑い的展開では困りますね。
つまり伝えなきゃいけないんです。
伝えて、かつ分かってもらう必要がある。

伝える時に使うのは?
言葉です。

ジェスチャーもあるじゃんって言わないでください。
ジェスチャーを解してる人の頭のでは、言葉によって処理が行われてるはずです。
「伝える」が起こっている時に、言葉が存在しないはずがないです。

それに、今何気なく言いましたが、ここでは当然、人が言葉を使うという大前提があります。
僕らが人ですから。人の定義の一つじゃないですか?言葉って。

人じゃないものの認知については語れません。
語ってもいいけど、どうとでも言える。以上お終い。
(個人的には、どうとでも言えることを妄想も含めて考えるのは好きですが、いかんせんこういう文章なので、上のような言い方をしました。書いてる文章は書き手の全てではない。これは僕も含めて、読者という役割を演じる時、必ず覚えておかきゃいけないことのような気がします)

世界の事象を認識するとき、世界を言葉によって切り取ります。
みんなで切り取られたモノを前提にみんなで話し合います。
ではその切り取られたモノとは何でしょう。

それが、名前です。

話し合う時に、あれが、これでこんな感じ。なんて話し合ってたら分かりませんね。
名前を付ける。ある集団の構成員が把握しうる名前を。
その構成員の中ではその名前(世界から切り取られたモノ)を前提としなければ、何も話が進みません。

なので、ようやくbe動詞の話になりますが、なぜbe動詞?と聞かれても困るし、さっきの答えが限界ってことです。

名前ってすごいですね。

世界から切り出すとき、世界はそう簡単に自分の一部を差し出すことをよしとしません。
そこで言葉という人間の使える(使えるようになった)道具が適応可能な状態を作るために、世界の一部に勝手に名前を付けて、切り出してきた。それくらい名前を付けるということは、僕らが人間である以上、世界に対して鋭い切れ味を持つということです。
それで世界を切ったことにしてる人間は、神という存在がいるなら、つまり人間を観察してるやつがいるなら、滑稽なことなのかもしれませんね。
この説明は、若干、禁断の知恵の実を食べた、アダムとイブの話を連想させます。
どうでもいい話ですが、ipod,ipad,macのapple社のappleはこの禁断の知恵の実から来ています。
英語への考察

作成: 河村 樹 日時: 2012年2月13日 3:22 ·

subjectはsub(下に)ject(投げる)。何を投げる?影響、作用、力etc.それがverb.じゃあどこに投げる?object.に投げる。それが英語の基本構造。だから英語の動詞の9割が他動詞。SVOが英語の論理構造の基本。そこからSV型とSVC型の構造を決定すれば完成。

SVOC型は上の三つを組み合わせればできる。

手書きで書いたノートをいずれ文章化してアップするつもり。
仮説が書きまくってあるノートがあるので。
気まぐれなのでいつになるかわからんけど、少々お待ちを。

ちなみにこれで英語ができるようになるわけではなくて、日本語にも応用可能な論理構造、作法を知るために考察した次第です。言葉足らずで説明になってませんが、まとめときたいので、書きました。

2012.2.13 mon 形をもらえた言葉たち。小さな蝶の羽ばたき。

作成: 河村 樹 日時: 2012年2月13日 3:00 ·

ツイッターに書きなぐった言葉。
友人としゃべって出てきた言葉。
やった言葉になった言葉。
ずっと書きたかった言葉。
いつかの自分への言葉。過去から未来への言葉。今を生きようとする言葉。振り絞った言葉。

断片を集めた文章。
十分、これでも面白い。
twilog http://twilog.org/tskyhigh をコピペしただけ。

こんな感じで、毎日まとめるのも面白いかもね。
気まぐれな自分。
ただこんな夜にパソコンに向き合ってるのは、総括してとどめておきたかったから。

バタフライ理論。この文章が、一つの蝶の羽ばたきになってくれたら。

2012年02月13日(月) 36 tweets

今日もいい話ができた。ありがとう!
posted at 02:01:42

たくさんの言葉に出会う。その度(旅)に感性が磨かれる。そして自分も言葉を発したくなる。伝えたくなる。
posted at 02:03:05

散々迷惑掛けまくって、好き勝手生きていて、一人で生きていけないことも知り、それでも言葉を発する。勘違い野郎。それでもやめられない。やめたくない。
posted at 02:04:27

自分の背中を押してくれたのは、自分が発した言葉。その言葉は、たくさんの出会いの中から生まれた。
posted at 02:05:19

過去の自分は、別の人。昔の自分が置いていった言葉に助けられた時、見知らぬ誰かに助けられた気分になる。だから自分も捨てたもんじゃないと思える。
posted at 02:06:45

久々にこんなつぶやきをしたくなったのは、友人のおかげで、またひとつ、過去の自分にありがとうが言えたからです。
posted at 02:07:58

おめでたい物語を生きてます。それが何か?楽しいですし、頑張ってます。結果は未来の自分(誰か知らないけど)が作ってくれます。
posted at 02:09:17

結果なんてオチにしかすぎない。物語が変われば、結果への評価も変わる。オチだけ聞いて、物語を知った気になるなよ?
posted at 02:10:39

ある物語を生きてる少年。その少年は自分で自作自演の物語(人生)を生きていることに気付く。ひどく滑稽で馬鹿らしくなる。じゃあその物語を否定しよう。生きながらに。…そんなことできるの?あなたならどうする?
posted at 02:12:56

実存は本質に先立つ。人生において、実存=経験。本質=物語。
posted at 02:13:47

その経験が無駄になるかどうかは、未来の自分が決めるので知りません。今は答えられません。責任もとれません。
posted at 02:15:07

生きる物語が無くても自分を信じれる?
posted at 02:15:45

頭ばっかじゃん。身体が置き去りだぞ?
posted at 02:16:09

生きてるのに死んでる感じ。たまにそんな感覚に襲われる。あれこれやってみる。で、できた時の感覚。ね?最高。
posted at 02:18:14

バガボンド、おもろ。
posted at 02:25:37

今日出てきた言葉は、形を与えるにふさわしい。今日の自分にしか書けない言葉がありますんで。
posted at 02:26:14

どうせ寝たら忘れる。
posted at 02:26:26

もう一度今を生きるという感覚を思い出そう。半年前の「自分」に聞こう。今の自分が遠回りしたとレッテルを張ってる「自分」に聞こう。
posted at 02:28:12

何で遠回りした?どうせ大学に戻るなら休学しなきゃよかったじゃん。大した理由でもないんだろ?誰かがそう言っても、その休学がくれた出会いがある。今の自分を、今の自分の物語を、否定したら、出会いを、その人を否定することだ。死んでもごめん。
posted at 02:31:18

つぶやき一つは断片。断片は体系に位置付けられて初めて意味を持つ。勉強もそう。物語(人生)もそう。
posted at 02:32:25

否定されるのが怖い。認められたい。人と違うことをやってりゃ、認めてくれると思った。誰が?さぁ。俺も分からない。過去の「自分」はそれに必死だった。ただそれけ。
posted at 02:33:39

人と違うことしかしなかった半年。誰も真似できない旅をさせてもらった。そんで気付いた「普通」の偉大さ。
posted at 02:34:29

外語に戻りたくない。そう言いながら、起きてる時間は基本英語の勉強の日々。
posted at 02:36:04

何を以って上達とする?しゃべれること?読めること?聞けること?書けること?さぁ。今の俺の物語だと、読めるようになって楽しいって感じ。
posted at 02:37:20

認知とは何か。認識とは何か。ここにたどり着いた。
posted at 02:40:01

英語を勉強してて、その問題の次元を上げた時に出てくるのは言語って何?ってこと。全言語に共通することは?世界は言葉がなけりゃ認識できないってこと。言葉が違えば世界の見え方も変わるってこと。
posted at 02:40:07

英語と日本語は論理構造が全く違う。おかげでマスターするのには時間がかかるけど、日本語にはない世界の見かたが分かる。
posted at 02:41:34

主体と客体。そして作用。これを深く突き詰める。すると英語の感覚が少しわかるし、さらに深く突き詰めると哲学、ひいては認知、認識の話になる。
posted at 02:43:18

subjectはsub(下に)ject(投げる)。何を投げる?影響、作用、力etc.それがverb.じゃあどこに投げる?object.に投げる。それが英語の基本構造。だから英語の動詞の9割が他動詞。SVOが英語の論理構造の基本。そこからSV型とSVC型の構造を決定すれば完成。
posted at 02:47:28

論理構造を追うのが楽しい。そう構造を。認知、認識の構造を。物語の構造を。文理の融合。そこが俺のやってみたい学問分野。
posted at 02:48:39

とりあえず今できることは、英語を勉強する。テストのためでもなく単位のためでもなく。それで、自分が何を求めるか、その声を聞く。形(言葉)を持たないならそれまで待つ。あとは働く。自分で金を稼ぐ。それで足りなかったら初めて頼る。今まで何かが怖くて避けてきたことをやってみる。
posted at 02:51:36

2月は忙しい。
posted at 02:52:08

どうせなら楽しい忙しさであってほしい。人生も。
posted at 02:52:39

弁証法をするためには二項対立が必要。その両方を経験or観察して初めてより高い次元にいく。じゃあ生きるってことで考えてみよう。生きるの反対は死ぬ。死ぬことを経験or観察しようとすると…?game over.じゃあどうする?人生は弁証法不可。生きることは生きることでのみ上へ行く。
posted at 02:56:34

今日の友人との会話はテープにとどめて本にしたいくらい。そんな友人が同じアパートに住んでる。幸せ以外のボキャブラリーを持てない自分はボキャ貧ですか?
posted at 02:57:50

言葉をくれた出会い、本、場所etc.全ての人に感謝。
posted at 03:05:58


読んでくれてありがとう。