与那国島からのプロペラ機。那覇までは約1時間20分。
プロペラの回転音が心地よく、まだ旅の余韻が身体に残っている。
着陸は沖止め。
バスに揺られ、ターミナルへ。那覇空港に慣れている人ならわかると思うが、通常は到着後に延々と通路を歩くのに、バスだとあっという間。
なんだか得をした気分だ。
荷物を受け取り、ゆいレールの那覇空港駅へ。
八重山諸島には鉄道がないので、ここが日本最西端の駅でもある。
ゆいレールで20分。県庁前駅で降り、徒歩数分。宿は「サンパレス球陽館」。
チェックイン手続きをしながら、ふと感じる déjà vu(デジャヴュ)。
──この風景、どこかで見たことがある。
部屋に入って、記憶が一気に甦る。
初めて沖縄を訪れたのは30年前の2月。
まだ栃木SCを応援し始めたばかりの頃、当時勤めていた会社の組合旅行で訪れた。
ゆいレールもなく、空港からはタクシー移動。国際通りはまだ古い市場と木造建物が立ち並び、素朴で懐かしい那覇の町だった。
夜はホテル近くの居酒屋で初めてのゴーヤーチャンプルー、初めてのオリオンビール、そして泡盛。
あの夜の味が、今も記憶の奥で泡のように弾ける。
──そうだ。あの時泊まったのも、まさにこのホテルだった。
そして今回、偶然にもここを予約していた。
しかも今年12月で閉館を迎えると聞き、運命のいたずらに胸が熱くなる。
チェックインを終え、シャワーを浴びると、もう21時近い。
ホテル1階にテナントとして入っている「吉﨑食堂 久茂地店」で、旅の締めくくりの晩酌をすることにした。
最初の一杯はやはりオリオン生。
冷えたグラスを口に運ぶと、泡が舌の上で弾け、喉を駆け抜けていく。
その一口が、旅の疲れをやさしく洗い流す。
お通しは温かいゆし豆腐。
ふんわりとした口当たりに、ほっと息が漏れる。
青パパイヤのサラダはシャキシャキとした歯ざわりで、ほんのりと甘酸っぱい。
馬刺しは赤身と霜降りの2種。生姜とにんにくを添え、口の中でとろける旨みを楽しむ。
そして最後はレモンサワーで軽く締めた。
すべてが「旅の終わり」にふさわしい静かな夜。
部屋に戻り、缶のオリオンビールを1本だけ。
そのまま深い眠りに落ちた。
⸻
翌朝6時。
窓の外は柔らかい朝の光。
シャワーを浴びて、朝食会場へ向かう。
ビュッフェ形式で、沖縄料理も並ぶ。
おじや風のじゅーしー、ゴーヤーの和え物、もずく、島豆腐、パパイヤ炒め。
どれも優しい味で、胃に染みる。
特にじゅーしーの香りがたまらない。
炊き込みご飯の中に出汁の旨味がしっかり残り、旅の朝にぴったりだ。
食後のコーヒーを飲みながら部屋で荷物を整理。
ゆいレールに乗ってイオン那覇へ向かう。
空港で買うよりゆっくり選べるし、地元のスーパーには調味料や珍しい沖縄限定食品も多い。
買い物した後、ホテルに戻りパッキングを済ませ、タクシーを呼んでもらう。
スタッフに30年前の思い出を話し、「その節も今回もお世話になりました」と別れを告げた。
「ありがとうございます」と微笑むスタッフの声が、やけに温かく感じた。
タクシーで那覇空港へ。
チェックインを終えて荷物を預け、身軽になったところで最後の目的地へ。
バスに乗って那覇商業高校前で降り、徒歩2分。
「三笠食堂 松山店」へ。
那覇の昼といえば、やっぱりここのちゃんぽん。
「ちゃんぽん」と聞くと、多くの人が長崎ちゃんぽんのような“麺入りスープ”を思い浮かべるだろう。
でも沖縄のちゃんぽんは、まったくの別物だ。
こちらでは“ご飯もの”として親しまれている。
白いご飯の上に、炒めた豚肉と野菜、玉ねぎ、卵などをとろりとした出汁でまとめてのせる。
いわば「沖縄風の中華丼」あるいは「そぼろ卵とじ丼」といった感じ。
家庭でも定番料理として作られていて、各家庭や食堂によって味つけが少しずつ違う。
醤油ベースの優しい味もあれば、ツナやスパムを入れるところもある。
それぞれの“家の味”“店の味”があるのが面白い。
那覇の「三笠食堂」のちゃんぽんは、その中でも別格だ。
しっかり炒めた玉ねぎの甘みと豚肉の旨味がご飯にしみ込み、卵が全体をまろやかに包み込む。
一口食べると、沖縄のやわらかな日常と優しさがそのまま舌の上に広がる。
観光客向けというより、地元の人の日常に溶け込んだ一皿。
“沖縄ちゃんぽん”は、実は「家庭の味の象徴」なんだ。
カウンターに座ると、厨房から中華鍋の音。
「ちゃんぽんお願いします」と告げる。
数分後、立ちのぼる湯気の向こうにあの香り。
炒めた玉ねぎの甘みと肉の旨味がご飯にしみ込み、卵が全体を包み込む。
スプーンを入れるたびに香ばしい音がして、口に入れた瞬間に笑みがこぼれる。
──うまい。これだ、この味だ。
この一皿を食べるためにまた沖縄に戻ってくるんだろうな、と心の中でつぶやいた。
食後、タクシーGOアプリで呼んだ車で空港へ戻る。
まだ15時までは少し時間がある。
タリーズコーヒーでパンをひとつとホットコーヒー。
これが本当に、旅の最後のひととき。
目の前のノートに、ここまでの旅を振り返る。
15時近く、保安検査を抜けて搭乗口へ。
またもや沖止め。
出発から帰路まで、結局9便中6回が沖止めだったと笑ってしまう。
まさに“おさる旅”らしい結末だ。
機内の窓から見える滑走路がゆっくりと遠ざかる。
雲を抜けると、陽の光が翼を照らして眩しい。
気づけば眠りに落ち、目を開けた時にはもう着陸体制。
那覇の熱気から一転、茨城の空気はひんやりしていて、外は小雨。
半袖姿の人たちが「寒い!」と笑いながら震えている。
荷物を受け取り、1週間ぶりの愛車へ。
エンジンをかけると、ナビに「おかえりなさい」と表示された。
家に帰り、荷を解き、シャワーを浴び、黒ラベルを開ける。
──ビールの味が違う。
それは帰ってきたという証。
旅の終わりを、静かに実感する瞬間だった。
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次回、最終章「旅の雑感と余韻」。
どうか最後まで一緒に旅をしてくれたら嬉しい。
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